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あぐらぐち物語 1997年06月分





1997年6月30日

昨日は、朝から、「しじゅうから花の会」に参加していた。今回は秋田県鷹巣町の福祉の取り組みを取材した映画「住民が選択した町の福祉」の上映会だった。そして、鷹巣町の町長との報告会があったりした。
小さい町にも、かかわらず、50人近い町のヘルパー、24時間体制のデイサービスを実現している。しかし、その実現には、日本の古い体質、それは、4000年前と変わりがないとおっしゃっていたが、つまり狩が出来なくなると価値がないものとして見る体質との戦いであった。
つまり、福祉は金を生まないので切り捨てるという、金絶対主義の考えを、発想の転換をしなくてはならないと力説していた。農業も、「安い農産物を海外から買えばいいではないか。」という、経済第一主義で語られているが、まったくそのとうりだと思う。全体を見て考える、福祉はマイナスとして見るのではなく、人権を守り普遍的に行うべき人生の一部として考えることが大切ということだと思う。
福祉や農業を軽んじ、経済のみを追求するために、女性に介護や育児を押し付けてきた事、偏差値のみを追求した結果の歪みは、もうここで論ずる必要はないと思う。少なくとも、そうでない志の高い人達にあって、すこし興奮して帰ってきた。しかし、レデイースのパワーは圧倒的だ。


1997年6月28日

今日から、中村君に、HPの更新を手伝ってもらうことにした。今のところ、テキストデータだけだが、研修等で、遠くに行っても、書き換えが可能になるので楽しみである。
台風8号が近づいている。今度は、石川県をかすめるので、少し心配である。おかげで、今日は、晴耕雨読で、お休みである。外出禁止の私は、家でボーとしている。


1997年6月27日

昨晩、近所で交通事故があった。ドッカーンという音がしたので、慌てて見に行ったら、電信柱にぶつかって、さらに人が路上に倒れていた。こりゃ、どっかの老人が引かれたのではと思って近づいたが、近所の人も、救急車は呼んだが遠巻きでみているだけで、生きているのか死んでいるのかさえも分からなかった。
私は、以前、消防で救命講習を受けていたので、とっさに近づいて「もし!もし!」と意識を確かめて、さらに心音と呼吸の有無を確かめた。意識はなかったが、呼吸も心音もあって安心したが、深夜でもあり、車が結構飛ばして通るので、前後から来る車を止めてくれといったら、茶髪系の若者達だったが、止めてくれた。人は見掛けによらない。
そのうち、意識が戻ってきたが、訳の分からないことを言っているので、寝かしておいたら、後頭部から血が出てきた。直後に救急隊員がきて、病院に向かって行ったが、どうなったかは、定かでない。あと、車を近所の人やら、消防団の人と片付けたが、緊急時に動くと言うことは、訓練が必要だなと痛感した。私にしても、血がドバーと出ていたらどうなったかは分からないが、物見遊山で行くのとは違って、なんとかしようと思っているのとは大違いだろうと思う。
しかし、私自身は、結局、診断書を提出して、今度の消防の大会を欠席させてもらうことになった。いい顔をして、結局みんなに迷惑をかけてしまった。反省の毎日である。


1997年6月26日

子供の、バケツ苗にいたヤゴが羽化した。子供が、田んぼでとってきたオタマジャクシを狙って、ちゃんと卵を産み付けて行くのだから、自然とはすごい。
オタマジャクシが、カエルになって脱出したのと、時を同じくして羽化して飛んで行くのだから、自然のサイクルとは微妙なものだ。
水俣で行われる今度の青年塾の為に、インターネットで調査したが、「水俣のイメージ」と言うもので、どれだけ苦しんで来たか分かる。重油被害もしかり、石川の米しかりで、水俣と言われただけで、公害というイメージが先行している事実。そのイメージとの戦いで、もしかしたら日本で一番奇麗な街になったかもしれないという水俣。行くのが楽しみである。
我社のコシヒカリも売り切れてしまい、友人の「おさださんちのコシヒカリ」を販売している。正直に、おさださんちのを販売していますと言っているが、小松の米と言った瞬間、「なんだ、小松のこめー。」と言われてしまう。富山で米を販売した時も、「石川のこめって、まずいんでしょ。」と面と向かって言われてしまった。
日本人は、国土が狭いせいか、風評に弱いのだと痛感する。食べてみて判断する、やってみて判断するという、姿勢が少ないのだろう。私の場合、やりすぎるのだが。





1997年6月25日

昨晩、遅くまで、アグリネットワークの更新方法を、プロバイダーで習った。これで、私の他に2名が更新可能になった。
コピーと貼り付けさえ出来れば、そんなに難しいことはない。続けることが難しいのである。ちなみに、今回の更新の教材に7月12日のスイカ食べ放題のイベントを載せてある。ぜひ、見て欲しい。
時々、私にホームページの作り方を聞きにくる方がいるが、私自身は、あまり出来ません。このプロバイダーの営業の方が手取り足取り教えてくれたおかげで、ここまで出来ている。おおまかな、方法は本にも乗っているけど、結構細かいノウハウが問題なのである。あんまり頼るのも困るけど、大きなプロバイダーより絶対に親切!(よいっしょ!)
私にあるのは、HPを通じて少しでも農業を分かって欲しいという、情熱だけである。でも、あんまり最近、農業の事が出ていないかも。


1997年6月24日

昨日、HPの更新をした途端、ギクッとやってしまった。結局、午前中カイロに行ってきた。今度、草刈り等をしたら、承知せんぞと言われてしまった。
おかげで、おとなしく、事務所でシコシコしている。でも、夜には、アグリネットワークのHPの運営について、プロバイダさんの所で話し合いがある。
HPの更新を手分けしてやろうと言うものである。やはり、私一人では、限界がある。


1997年6月23日

昨日は、始発で行って最終で帰るという、いつものパターンで大阪に行ってきた。だから、今日は、かなり眠いが、適当に草刈りをしている。
草刈りのピークも過ぎたので、あまり無理しないようにしよう。


1997年6月21日

昨日の無理がたたって動けなかった。やはり、じっとしているのが、一番。夕方カイロプラテイックに行ったら草取禁止を言い渡されてしまった。
しかし、さすがの私も、これだけ転倒の影響が続くと、ブルーになる。しかも、明日、大阪で研修会があり朝一番の特急で出かけなくてはならない。
研修会といっても、今回は同窓会的な色合いが強いので、なんとかエネルギーを補充の方向で行きたい。
来週からは、性根を入れて治そう。


1997年6月20日

昨日で、大豆まきが終了した。左の写真が、大豆撒き機。我社のは2連だが、北海道とかでは、何連も繋いでまくらしい。右のは、大豆の種だが、種と言っても、食べる大豆となんら変わりがない。しかし、鳥除けで、赤く染めてある。この赤が、ヘビの目か何かの様で、恐れて鳥が食べないというが、ほんとかいな?
今日は、台風が来る来ると言って、人を期待させといて全然来なかった。結局、一日、カッパを着て草取りを、スーパースーパーレデイースとしたが、ハードだった。計器飛行可能な、全天候型戦闘機を相手にしているようなものだが、ここでたまに一緒に仕事をして、集中砲火をあびるのも仕事のうちである。やれ、「代掻きがへた。」だの「除草剤が効いてない。」だの「もっと草取りに来い。」etc。
そうやって、楽しく草取りが過ぎて行く。他の人には、「田んぼで、草を取るのでは、経営のヒントを拾ってます。」と言っている。





1997年6月19日

台風が近づいてきて、フェーン気味で、気温が30度まで上がった。明日から雨が降りそうだったが、なんとか大豆の播種が終了した。これで少し枕を高くして寝れる。
最近、好天が続いて、仕事が出来たのはいいが、完全にグロッキーになってしまった。朝の水回りに始まり、草刈り、そして夕方の水回り、そしてHPの更新と、農作業日誌の記帳、そのあと、少し食べて、7時から9時まで、消防の練習。
台風が、来るのがこんなにも、ありがたいのは私だけであろう。


1997年6月18日

午後に、地元FMの出演があった。最近の草刈りや草取りの話に始まって、教育論やら、人生論まで話がおよんで、収拾がつかなくなった。
どうしても、おしゃべりなので、すぐに脱線してしまう。キーポイントをしっかり押さえて話さないといけないなと反省した。


1997年6月17日

こりゃ、雨が降りそうにない雰囲気だ。朝から、ひたすらボーイズは草刈り、レデイースは草取りと、地味だが、非常にエコロジーでつらい仕事が続く。
ところが、お昼に、知り合いの新婚さんが、着物で挨拶に来たので、盛り上がった。この辺では、新婚旅行から帰ると、振り袖を着て、おみやげを持って、あいさつに回るという、習慣がある。
私の時も、妻に振り袖を着てもらったが、当時からケチな我々は、たった一度しか着ない振り袖を着る事に、随分疑問をもって、ごねたもんである。しかし、例のごとくスーパーレデイースには、そんな疑問など、存在しないので、ひたすら着物を誉めていた。
肝心の新妻なぞ、眼中に無く、ましてや、旦那の方は、「あんた、居たの?」ってな感じだ。さすがだ。


1997年6月16日

梅雨にも、かかわらず雨が降らず、順調に草刈りをしている。草刈りをしていると、時々有り難くない物も飛んでくる。犬のふんも、いやだが私が最も恐れているのが、カエル。それも、切断されて部分だけが飛んでくるので、非常に困る。
だから、大型エプロンにタオルでマスク、サングラス、草刈り用お面と、これでもかと防備している。最近は、ナイロンの糸が自動的に、減った分出てくるので便利である。当地のような、小さな畦や、農道の場合、地形が複雑なので、このような糸でなぎ払うほうが、奇麗になるのである。
しかし、良く高速道路等で草刈りをしている、オバチャン達は、本当にほれぼれするほど、上手に刈る。そして、この機械も結構重く、重労働なので、頭が下がる思いで、いつも見ている。
そんな風に、見ているのは自分だけなのであろうか。


1997年6月15日

親戚の法事があって、ビールを飲んだら、通称「爆睡」してしまい、目が醒めたらもう夕方だった。せっかくの「父の日」だったが、もう終わってしまった。
カレンダーを見ても、もうまともな日曜はなさそうだ。次男の亜久里君に、自転車の練習をしてやりたいのだが、なかなか休みがなくて困っている。
自転車は、お兄ちゃんのを修理して、整備はしてあるので、準備は完全だ。もらいものの、部品取り用まで、持っているので、かなり長持ちするはずである。
しかも、補助輪付きも、一台あって現在はそちらを使っている。これも、もらい物を、サビを落として、塗装して直したものなので、ただである。
バイクばかり整備しているわけでは、ないのであしからず。


1997年6月14日

今日から、草刈りを始めた。我社で使用しているのは、写真のように、ビニールの紐状の糸が2本出ていてこれが、回転することによってなぎ倒す方式を採用している。他にも、もっと太いビニール、金属の糸、そして、鋸状、手裏剣状の刃を使ったもの等があるが、この糸のものが、割と短い草を刈るには適しているのと、やはり金属の刃は、危なくて他人が使っているのを見ていられない。
しかし、この糸も、かなり草や石が飛んでくるので、完全防備でしないと、危ない。おかげで、夏は結構きつい。
でも、やはり極力、除草剤を使用したくないので、暑いさなかがんばっている。





1997年6月13日

昨晩、青年塾の仲間が、金沢に出張で来たので、久々にはしご酒をしたので、頭が痛い。こんな日に限って、インターネット研究会の会議や、グルメマップの取材やらで、ややこしい話が多くてまいった。
昨日は、停電が2時間ほどあって、会社の色々なものを、例えばパソコンや、バーコードの機械を電源を切ってスタンバイしたつもりだったが、まず警備会社へ警報が行ってしまい、警備会社から電話はかかるは、パソコンのバックアップ電源がビービーなるはで、意外な所まで、停電の影響があった。
熱帯魚の水槽も、静かになっていて、あれ!これもかと言う感じで、一つだけ蛍光燈がついていたが、停電用の蛍光燈だったりする。試しに、時々停電日を設けて、エネルギーの大切さを体験するのもいいなと思った。特に、現代人は、電気に依存しているのでいい経験になると思う。
写真はこの前の、サミットの様子で、ヘリは実機で、もう一つへんなトラクターは、代掻きしながら、機関銃のように、種を打ち込んでいく機械。植え付け深さが、かなりの精度でコントロール出来るそうである。
少し、人の頭が写ってトリミングしたが、参加者2500人も来て、関心の深さがうかがわれる。





1997年6月11日

弟と中村君は、直撒サミットに出席でいないし、妻は、早朝から福田教室と称して、観光農園の見学に出かけていないしで、静かな一日であった。
一人で、大豆を撒いていた。この大豆は、エンレイと言って、すべてが白い品種で、珍しい。日本でも、地域が狭い範囲でしか栽培していない。普通の大豆は、最低でも胚芽の部分が黒い、外国産には、黒っぽいのも多い。
普通、こういう作物を、転作作物と言っているが、我社では、大豆をローテーションにいれることで、土地の良質化を目指している。
今から、消防団の練習に行く。まだ食事も食べてないが、本当は、午後7時からなので、すでに40分以上も遅刻しているので、行かなくてはならない。地域では、こういう活動がちゃんと出来てないと、認めてもらえない風潮があるので大変だ。
基本的には競技なので、好きなのだが、今年は、特に仕事が遅れているので、ハードだ。


1997年6月10日

今日は、少し雨が降ったので、たまりにたまった、書類や伝票を処理した。封筒を開くだけで、1時間かかる。
さらに、夜、消防団の操法大会の練習に出かけた。これが、ほぼ毎晩ある。この話は、また後日。


1997年6月9日

実は、今日、誕生日でした。人に言われるまで、忘れていた。そして、一日中、眠くて眠くて、相変わらず青年塾は、濃い内容だった。
その、眠い目をこすって、大豆播種と、除草剤散布、そして大豆田の整地と、色々仕事をした。
青年塾は、20歳から40歳までなら、誰でも入塾出来るのだが、私は今日で37歳、かなり年配者の方に入る。だからと言って、若い人達とは、志が同じだからまったく問題はない。しかし、体力差はかなり大きいと今回感じた。
あれだけ、飲んでもケロッとしているのには、参った。朝、おかわりをして、ご飯を食べているんだから太刀打ち出来ない。


1997年6月5日

朝から、天気が良く、残ったビニルハウスを片付けた。しかし、私は午前中、会計監査で調査があった。
うそは、つけない性格なので、正直に答えたつもりだ。いつものようにしゃべりすぎて、後ろに控える、各担当者はさぞかし冷や汗をかいたことだろう。
とにかく、借金をするのに銀行さんや、会計検査員さんを、納得させれなければ、絶対にお客様は納得させる事は出来ない。最近、この低利の融資を貸してくれないといって、苦情をいう方がおいでるみたいだが、それは筋違いだと思う。
そういう人を、くれない族というそうである。まあ、私も、時々なってはいるが、自覚症状は、まだあるので治そうと思っている。
明日から、箱根で青年塾の2回目の研修で、3日間、日記を休みます。よろしく。


1997年6月4日

予報どうり、天気が悪くて仕事にならなかった。ようやく、課題の方も終了した。
ところが、明日会計検査がある。この餅工場が、国の資金を借りているので、調査がはいるのだが、何せ補助金とは無縁の経営なので生まれてはじめての経験である。
この調査も、何かこの資金で、違うものを買ってないかが、重点的になる。たとえば、ハーレーを買っていないかとか、どうも私を疑っているようである。
というのは、冗談で、一連の流れ、見積書、契約書、請求書、振り込み伝票、領収書、が全部揃っていないとだめなのである。しかし、普段、前ばかり見て行動している私には、非常に難しい事である。
痛い体を、ひきづってやっと探し出した書類もあった。今回の件は、いい勉強になった。お役所は、書類が全てだということである。
しかし、本当にその金で、建てたかを書類で証明するのは、なにやら数学の証明に似て難しい。ちなみに私は数学は苦手だった。


1997年6月3日

非常に、暑い日で、だまされてハウスのバンドを外したら風が吹いてきて、ビニルが破れてしまった。明日、全部片つけようと思ったら、天気が悪いみたいだ。
この時期は、天気予報も、あてにならないので、良い天気になることを願うだけだ。バンドを外したので、強い風が吹くと、非常にまずい。もしかしたら勇み足だったかも。
WTOにしても、特措法にしても、難しく書いてあるので、これを優しく説明するのは、かなり勉強してかからないと、つらい。
昔、聞いた事がある、関税と貿易の一般協定や、OECD、APEC、等の何の略だったかいなというのが、やたら出てくる。しかし、キッチリやっておかないと、冷や汗が3リットルぐらい出るのは目に見えているので、がんばっている。


1997年6月2日

午前中、やっとビニルハウスを片付け始めた。ところが、雨が降ってきて作業中断。ここぞとばかりに、今度の青年塾の課題のまとめに入った。
こんな時は、やはりインターネットでの調査は、素晴らしい。WTOと特措法が、担当なので調べている。特に、特措法は沖縄の歴史から調べてかからないと、表現は難しい。
人は、個人では残酷な事は、なかなか出来ないが、国家として、いとも簡単にやってしまう。アメリカが世界の、3分の1のエネルギーを使用し、そのかなりのパーセンテージが軍事用と聞いたことがある。
「せーのーで」と言うわけで、兵器を無くせないものか。F15は、1機100億円もする。おまけに、石油の一番おいしい所を燃やして飛んでいる。各航空会社で、スーパージェット便として、マッハ2で、小松ー羽田便を開設してくれないかな。途中、サービスでインメルマンターン、宙返り、エイトポイントロールをすれば、繁盛間違いなし。


1997年6月1日

やっと、日曜日らしい日曜日だ。朝から、子供の自転車のタイヤ修理、熱帯魚の水槽の大掃除、タイムカードの計算と、スケジュールがめじろ押しだった。
特に、熱帯魚の水槽は、久しく掃除をしていなかったので、魚を出しての大掛かりな掃除だったので、大変だった。普段は、水換えと、手を水槽に入れての掃除で済ましている。以前、あんまり念入りに掃除をしたら、かえって水が濁ってしまった。
ようするに、水槽内のバクテリアを完全に洗い流してしまったのである。だから、最近は少し手を抜いてやっている。だから、半年ぐらいたっても、かなり綺麗である。おまけに、藻を食べる、なまずを多く入れてあるので、ほとんど手がかからない。
田んぼにも、こんな事が言えるのではないかと思う。人間は、あまり手を下さず、自然にまかして、少し手を貸す程度が調度良いと思う。しかし、なまず(セルフィンプレコ)がお化けみたいにでかくなって、家族のみんながびっくりしている。 今日から、消防の操法大会の練習が始まった。ほぼ毎日、7月5日まで続く。それと、なぜか相手のコンピュータが反応しないと思ったら、今日から電話番号が一桁増えていた。かからないはずだ。








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