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あぐらぐち物語 1997年12月分


1997年12月31日

前年比28%アップという数字を残してもちつき終了。驚異的な数字だが、30日に欠品が生じたのは 、反省点だ。新たなレベルに達しつつあるのかもしれない。我が社のもちのコンセプトを守りつつ、よ り多くの方に愛されるもちを目指し続けることの難しさを、しみじみと感じる。
とにかく、返品を集めに各店舗を回ったが、今年はがんばって計算した結果かなり少なかった。返品0 の店もあって嬉しかった。返品が出来ないばっかりに3割引きシールを張られるのは、自分の価値を値 切られるようでつらいし、他の日に買っていただいた方に申し訳ないから、創業時からやっているが、 返品の多い年は、本当にガックリする。だから、今年は良い気分で年を越せそうだ。
中村君のページにスタッフの記念写真があるから見て下さい。中村君もずいぶん最初は苦労したみたい だが、我慢のかいがあって、最後の方は完全に任すことが出来た。このことも、今年の良かった点だ。 最強のスタッフにありがとうを言って今年のホームページを締めくくります。良い、お年を!


1997年12月30日

かつてないほどの、ハードな一日だった。とにかく生産が間に合わず催促の電話が鳴りっぱなしで、謝 りどおしだった。去年より、確実に多く出荷しているはずなのに、ついもついても間に合わない。結局 、ありとあらゆる物が売れてなくなってしまって、挙げ句に明日の予約分も出荷した。だから、不足分 を少し作ったので30日にしては異例の時間までついた。予約で、30%アップ、来店に関しては、3 倍の伸びというのは、自分自身でも驚異的な数字だ。来年は、少し考えないととてもじゃないが、体が もたない。緊急にスクランブルをかけて来てもらったスタッフが3人もいたから、なんとかなったが、 つらい時の助けは本当にありがたい。
明日は、大晦日、今年を締めくくれるよう気合を入れていこう。


1997年12月29日

29日は、割と暇な日のはずだったが、予約注文分が多くて欠品が生じてしまいその生産に追われて、 とても暇とは言えない状態だった。予約注文が前年比21%アップで、客単価が8割とすると、件数は 、異常に多くなる。しかも、明日はそのうちの170件が来店で、果たして対応できるか心配である。
ピッキングと言って、予約商品を詰める作業も深夜までかかりそうだ。しかし、明日の生産部隊は、午 前4時半集合である。それでも、遅いくらいでおそらくギリギリの勝負になると思う。でも、軒並み売 り上げを落としている業界で伸びるというのは本当にありがたいことで、さらに伸ばそうと思っている わけでなく、おいしいお餅をただ食べて欲しいと思って結果が出ているだけのも嬉しい。スタッフも、 キツイ仕事にも関わらず良くがんばっていると思う。このまま、感謝で今年を終えたいものだ。


1997年12月28日

またボケてしまった。ジャスコの販売価格が、なんと卸価格になっていた。26日の搬入でトラブって 慌てていたので、お店の方が確認したにも関わらず、価格表を持っていなかったために生返事をしたの が間違っていたのだ。今日、たまたまAコープ担当が搬入した際に気づいて、ビックリして電話がかか ってきた。真っ青になったが、まだ28日で売れている量も少なかったので、良かった。もし、年をあ けて発見したら大変なことになるところだった。本部での入力ミスと私の確認ミスが重なったが、神様 は、まだ見放していなかったようだ。気づいた彼に拍手だ。
さらに、今になって1升のし用のガス袋が不足してきたのに気づいた。去年のデータで、十分用意した のだが足りなくなってしまった。これが、ないとエージレスといって脱酸素剤を入れてカビを防止する ことが出来ない。近所のスーパー、そして業者を探し回ったが無かった。もう、あきらめかけた時に、 ハッと思い立って、最近「五郎島サツマイモ」の加工を始めてがんばっている河二君に電話してみた。 どうも良く似たサイズを持っているみたいで少し分けてもらうことにした。あきらめなくて本当に良かった。


1997年12月27日

今日こそは、落ち着いてやろうと思ったが、いきなり経済連直営店への配達員が遅刻して来て、各店か らまたお叱りの言葉を受けてしまった。昨晩、確認しとくべきだった。それで切れて明日は全員早朝出 勤である。明日は、日曜日締めてかかろう。
今年は、さすがに来店が多い。しかし、わずか4坪ほどの店に沢山来られてもうまくさばけるか自信が ない。昔は、配達がこなせるか心配だったが、今はなんなくこなすことが出来る。生産の方も、昔は、 本当に追いつかなくて、深夜まで、場合によっては朝近くまでやったこともあるが、今ではそんなこと も少なくなった。人間の知恵というのも無限だなと感じる。しかし、体力は有限のようで、明日からは 、我慢していたドリンク剤投入でがんばろう。


1997年12月26日

ありがたいことに、注文数で去年を超えた。店舗売りも、だいぶ伸びそうなのでもうヤケになって作っ ている。ところが、今朝Aコープで大トラブル。ジャンコードで今年は値入をせずにポップで値段表示 だけでいけるはずだったのに、なんと売り場にはバーコードが読めないレジが置いてあって、いきなり ならべている最中に、値段を入れてくれと言われて愕然とした。全部で何百という品物を箱詰めしてしま ったものを全部ひっくり返して値段を張っていかねばならず、さらにそれを張る機械すら年末で業者は 閉まっていてないので、店のを借りて打っていたら、返してくれとクレームが付いた。踏んだり蹴った りのところへ、ジャスコから今日から納品なのに来ていないとの電話があって、私がボケて忘れていた ことを思い出して急いで、行ったが時すでに遅しで良い場所はすでに他の方にとられて隅っこの方で売 るはめになってしまった。
おかげで、夕方には頭痛がしてきたが、売場もなんとかバーコードを読めるところに一部移させてもら って、値段を張る機械もなんとか買って来て全部の予定数にはひっくり返して張った。やれやれと思っ て値段表示のポップを見ていたら、値段のミスを発見。慌てて、回収に走った。とことん、ボケテいた 一日だった。夜は夜で、消防のハシゴ演技の練習もあって、クタクタになってしまった。明日は、スタ ッフも増えるので、落ち着いてやろう。


1997年12月25日

ここへ来て、注文数がドーンと伸びてきた。伸びたのは、良いが慌てて増産体制に入るのでドンドン作 業時間が伸びてくる。配達数も限界に達してきたので、そろそろ配達日を制限し始めた。ところが、皆 さん、29日を嫌がるので、30日に集中してしまう。29は二重苦と言うらしいが、実はそう思うこ と自体二重苦を自ら招いている。30日は、注文も多いので、どうしても愛想が悪くなり、へたをすれ ば配達も遅れがちで、あんまり良いことがない。しかし、29日は愛想も良く、我々からは感謝される ので二重の喜びがある。大安にやるベルトコンベア式の結婚式みたいなものである。世の中、実はそん な事だらけで、一時が万事でおそらく、他のことでも要らぬ心配をしているのだと想像される。
あと、特殊な注文をしてくるお客様へ電話をかけて説得して変更してもらった。塩抜きにしてくれとか 、ワサビ抜きにしてくれとか、豆入りのお鏡を作ってくれとか、まったくメニューに無い物をご注文さ れるのが、この作業がいかに大変か皆さんご存知ない。一品物なので、私自らがすべての仕事を放り出 して、セイロから出して、配達に行くまで管理しなくてはならないのと、その間10人ほどのスタッフ の手はほとんど止まってしまう。しかし、糖尿病で塩抜きにしてくれと言われれば、そうも言えないの で結局、少し作ることになって、みんなの帰りが遅くなってしまった。
毎年、繰り返される年中行事だが、なんとかお客様の願いもかなえてあげたいし、効率も上げたいし、 また、無い知恵を絞るとしよう。


1997年12月24日

巷では、クリスマスだが、例年どおり我が家は浄土真宗なのでクリスマスはない。しかし、今日は人数 が少ないので、軽いメニューで終了するので早く家に帰れそうだ。クリスマスもあり、初詣もあり、お 葬式は仏教というのは、良く考えるとヒドイ話だ。しかし、お鏡というのは、神式だ。うちもおかしい のかも。
ありがたいことに、去年の注文ハガキ数を突破した。しかし、一人当たりの注文数は少ない。だから、 あともう一歩伸ばさないといけない。後半の伸びに期待しよう。


1997年12月23日

また、朝からお鏡ばかり作っていたが、今日はボーイズが沢山来てくれて助かった。ほとんど、店番と 相変わらず、去年と今年のデータをにらんで、あーでもないこーでもないと思いを巡らしていた。
最近、有機米を、有機栽培の指針があいまいなので、普通じゃないコシヒカリと改名したら、なぜか売 れるようになった。どのような心理かは良く分からないが、やっぱり希少価値と思われるのだろうか。 ところが、普通のコシヒカリがイマイチの販売で、普通じゃなくないコシヒカリにすれば良かったかも。


1997年12月22日

ボーイズが今日は少なくて、ほとんど現場でもちつきをしていた。結構、ハードに「のしもち」をつい たが、昔は今のもちつき機の半分の能力しかなかったので、数を作るには少しでも速くつかないとだめ だった。杵がストップした瞬間に、出来上がりを取り出し、同時に次のもち米をほうり込んで間髪を入 れずスイッチを押す。こねる方はこねる方で、のし機がギュウとのして降りて来る途中にはすでに型枠 を引っ張り出すということを繰り返していた。それでも、せいぜい1時間に42枚も1升のしが出来れ ば、良い方で年末のオーダーが500枚近くいく今では、とても間に合わない。
そんな苦労の末に今があるのだが、「餅は、餅屋」というのは本当だと思う。一見、簡単に見えるし、 誰でも出来るのだが、かなり難しいという典型だ。おかげで、農家の餅屋が増え、ライバルが増えて 楽しい。


1997年12月21日

1升と5合のお鏡を200組づつ作った。段々、握力がなくなってくるのが分かるが、以前は深夜まで かかって作ったものだが、最近はずいぶん上手に早く作れるようになった。我が社の売りは、つきたて なので、年末はつきたてだけを早朝からつきまくるので、とてもじゃないがお鏡を作る時間も体力もな い。
今年は、28日からお休みの会社が多いので、OB達が手伝いに沢山来てくれる。中には有給を使って 来る人までいる。本当は、バイトはだめなんだろうが、お金のためというより楽しみで来てくれている みたいなので良しとしている。でも、ありがたいことで、猫の手も必要な年末のもちつきに、経験者が いるのは目茶目茶助かる。普通は、求人しても初心者なので一から教えてかからないとだめなので、そ の苦労は並大抵ではなく、結局一部の人間に負担が増えるのが常である。
しかし、家族には私の人徳のおかげだと言ってあるが、弟もどうも同じ事を言っているらしい。はたし て、どっちの人徳?


1997年12月20日

朝から、お雑煮用の丸餅を1万2000個ほど作った。しかし、作るのはいいのだが、果たして売れる のか心配で、もちのデーターをエクセルでシュミレートしては、ため息をついている。余るのと、みん なから、ボロクソに言われるのが常で、数で言えば30個ほどのお重ねが余っても、目の前で見ると結 構なボリュームがあってつらいものがある。今年は、どうも店舗売りが伸びそうな気配はあるのだが、 予約がないと数を読めないので、最後は気合で予定数を出す。
午前中、下の子の保育園の表現会に行ってきた。結構、カッタルイという感じでやっていて笑えた。ど うも、踊りみたいのは照れくさいみたいで、ここ1週間は表現会に行きたくないと暴れていた。どっち かというと武闘派の子供なので、他のクラスのドラゴンボールのダンスがうらやましかったようだ。





1997年12月19日

もちつきの準備を一日したが、実は一番難しいのが、今年の生産計画である。注文を聞いてから作った のでは、とてもじゃないが間に合わないので、見込み生産をする。ということは、詰める袋もすべてシ ールやバーコードを張るし、ありとあらゆる資材が見込みで用意されているわけである。ところが、今 日の段階の注文をまとめたら青くなった。去年に比べお客様一人当たりの注文品数が72%前後なので ある。これは、何か去年問題があったのか、それともこれが不景気という名の現象なのか、それとも、 どこか計算ミスを犯しているのか、一日頭をグルグル回転させていた。まだ、注文ハガキは半分しか きていないので後半に期待するのと、お店に直接買いにお出でるお客様もいらっしゃるので、まだ分か らないと自分に言い聞かせている。このご時世で、去年より売り上げを伸ばすこと自体天才的手腕が要 求されている。


1997年12月18日

どうも体調がいまいちである。今晩は、新庁舎建設構想委員会があるが、休ませてもらった。日中は、 Aコープ、ジャスコの店舗巡りをして、今年のお願いをしてきた。去年の実績があるので、どこもお おむね、暖かく迎えてくれたので助かった。今日は、石川青年農業会議のファックス通信ネットウイー クの最終号の原稿を載せて、今年の反省と来年の抱負にします。

今年の反省、来年の抱負

今年は、志の地図を作った一年だった。去年、農業法人協会の全国大会の講演会で、上甲 晃氏と巡り 合い、そして氏が代表の志ネットワークに参加、青年塾への入塾を通じて、いろんな事を学ぶことがで きた。それまでは、なんだか良く分からずやってきたことも、実は歴史や、今の世の中を良く見ると必 然で起きているということが分かってきた。すなわち、志高い道を歩むために地図があれば、たとえ目 の前に一時的に障害が現われても、乗り越えていけるのである。
さらに、今年は一気に、知り合う方々のレベルが上がったということがある。鍵山社長を始め、なにげ ない普通の人も、感じるところが多くある方々と遭遇する機会が増えた。最初は、震えが来てどうしよ うもなかった人もおいでて困ったが、今は自分は自分、どう飾っても仕方がないと思って、自然体で接 するように心がけています。いつも、そのような方々と会うたびに、本当に幸せを感じます。自分のよ うな人間が、このような人と話しをして良いものだろうかと、とまどいさえ覚えました。
しかし、高い志を持てば持つほど、いろんな事が起きるようで、青年塾でのテーマのひとつに「生きる ことの意味」というのがあって、まさしくその意味を深く考えざるをえない事件が身の回りで多く起き ました。具体的には、人の死に際に遭遇したのですが、本当に自分は疫病神ではないかと、最近は思っ ていました。しかし、私の前で死ぬことによって、生きてきた意味を持つ事が出来ると、今は考えを改 めています。
来年は、青年塾の卒論発表と出発式(修了式)の企画で始まり、今年知り合った赤峰勝人さんの考えで 、無農薬栽培米に挑戦します。夏は、海辺のコンサートをまたやりたいです。
最後に、今年会っていて感動と驚きが一番あったのが、青年農業会議の面々でした。夏の海辺のコンサ ートはまさしく、最強の布陣だったと自負しています。来年もきっと、私を驚かせてくれると期待して います。では、良いお年を!


1997年12月17日

一日、お休みだったが、PTAの役員の忘年会があった。しかし、それは実は、来年の役員の人事の話 メインだった。私が、来年の会長候補になっているのは、分かっていたが、家族がそれだけは絶対にダ メと言っていることなので、あんまり酔えない忘年会だった。どうなるかは、分からないが、自分の志 を考えると、その方向にあるのは確かである。うーん、迷う話である。


1997年12月16日

朝から、小さなお鏡の包装を2000個したが、今日は内輪の人間しかいないので、社長も一日中シー ラーと言って、熱線で袋を封する機械で作業した。明日は、臨時の休みにしたいので、昨日ついた丸餅 まで袋詰めを終了しなくてはならない。ところが、私は会合があるので夕方で抜けてしまうので大変だ。
今日の会合は、博報堂の方とのものだが、博報堂、電通と言えば私が美大生のころは、本当に優秀な学 生が、一人かそこらしか就職できなかった。それが、卒業後15年経ってその系統の方々と会う機会が 多くなって、感慨深いものがある。特に、今日はあのウオークマンを仕掛けた人らしく、学生当時それ でソニーはすごく勢いがあったのを覚えている。農業と福祉は21世紀に向けて大切なキーワードであ ることは確かである。しかし、今日呼ばれたメンバーは、とても百姓とは見えない人間ばかりで誤解を 生まなければ良いが。


1997年12月15日

予想どうり、小さなお鏡は時間がかかった。昨日より、遅くなってしまった。しかし、ようやくバーコー ドもうまくセット出来、ボーイズ、レデイース共になんとか確保出来て、少しホッとした。あと、スーパ ー関係の段取りをすればいいが、今年はバーコードが統一なので楽だ。今まで、とにかく袋や箱を間違え て配送しないか、そればかり気にしていたが、これからはどれでもOK。
明日から、3連チャンで会合がある。いつも、このもちつき寸前の会合で体調を崩してしまっている。 今年こそは、絶対に深酒しないぞー。と、言っても無理か。


1997年12月14日

結局、小さいお鏡を3500組作った。という事は、上下で7000個作ったことになる。一つ一つ、 手でこねるのだから、気が遠くなった。今度は、これをすべて粉を払って、スピーマーという機械で 熱したビニルをエアーで吸い込んで、ピタッとお鏡の上下を包み込む。そしてカッターで丸く切り取っ て、包装して完成だ。今度は、これを配送、販売してやっとお金になる。春先に、種を買って来て撒い てからだから、感慨深いものがある。
タマゴッチではないが、全ての物が、お手軽に出来るわけではないことが最近は忘れられている。スー パーで何気なく見る商品も、すいぶん、手がかかっていることを認識して欲しい。


1997年12月13日

朝から、全開でもちつきを開始した。とにかく小さいお鏡を3000組作る予定だ。初日は、新人の方 もいて、タイムカードの打ち方、ロッカーの使い方、服の説明、手の洗い方、そしてもちつきの説明と 非常に気を使う作業が多い。そんな中、ペースも落とせないので、心配したがみんなの協力ですんなり 終わりそうである。やはり、新人とは言え中村君のような従業員がいると違うみたいだ。結構、初めて の作業が多くナーバスになる場面もあるが、がんばってほしい。
お鏡に入れるシオリを作ったが、これには防カビ用ワサビをつき込んであることと、被せてあるビニー ルを取ると、お鏡が細かく割れることがあると書いてある。包装をしないと出荷できないのだが、包装 すると、表面と内部の水分量の差が大きくなり過ぎ、いきなり外気に触れると、剥離してしまうという トラブルが多発しているのでその対策だ。最近のエルニーニョで、気温も高い場合も多く、なんとか割 れないような包装や知恵を絞ったが、だめだった。本来、お鏡は裸で配りたいのだが、裸だと保存して 3日しか持たないし、年末に手間のかかるお鏡だけ作っているわけにもいかず、結局注意書きになって しまった。そんな、餅屋の悩みを知ってからお餅を買うのも、良しとするか。


1997年12月12日

一日、ワープロを打っていた。青年塾関係への手紙やら、明日からのもちつきの準備であっという間に 夕方になってしまった。最近、時間が非常に早く過ぎる。
困ったのが、バーコード。通称ジャンコードと言われるあのスジスジの線が入った、食品衛生法にのっ とった表示もされてあるものだが、数千枚も間違っていた。慌てて修正しようとしたが、この機械が言 うことを聞かない。結局1時間ほどやったがギブアップ。一見DOSーVに見えるのだが、これが、な んだかちょっと違う。何かのキーの順番が違うだけなんだが、、、。いわゆる、業界の特殊な発展をし てきた物の一つだ。レジやファックス、工作機械もそうだ。一度触って見るとまったく違う代物である。


1997年12月11日

やっと、脳みそが全開で回転し出した。農協へ、また除雪してトラックでもち米を精米したのを取りに 行った。それから、先日博多での青年塾の会合の報告書を書いてから、久しぶりに、地元のFMに出演 した。今回は、なぜか常光さんの番組のゲスト出演であった。FMのみんなは、なぜ私と常光さんがつ ながるのか不思議で仕方がなかったみたいだが、福祉と農業とジャンルは違うが志は同じくしている。 しかし、相変わらずハイパワーで完全に圧倒されてしまった。
あと、選挙の残務処理をしたが、お金をかけなかったと言っても、やはり100万円以上は持ち出しに なりそう。でも、それでも最低限だし、案外通信印刷費に金がかかるのには驚いた。それにしても、当 選したらしたで、結婚式に祝電を要求してくる人がいたりして大変だ。そんな、ばかな事をしているか らいつまで経っても政治が国民の手から離れていることに気づかないのにと、憤慨してしまった。
当然、彼女は断ったのだが、やっぱり応援団がしっかりしてないと、こりゃ大変だわと感じた。


1997年12月10日

まだ、ボーとしているが峠は越したようだ。二日間、気合を入れて寝ていたからだいぶ良くなった。 今日は、一日雪模様の日で、パソコンの前で去年のデータを整理していた。そろそろ、バイト君達への 連絡や段取りもあって、年末らしくなってきた。去年ベテラン勢がみんな卒業就職と、いなくなってニ ューフェイスが多く混乱が予想される。とは言え、毎年同窓会さながらに集まって手伝ってくれるので ありがたいことだ。
まだ、脳みその回転数がほとんど上がらないので、あんまり書けない。やっぱり、今日も早寝しようっと。


1997年12月8日

昨日、飛行機で福岡で青年塾の出発式打ち合わせをして、さっきとんぼ返りで帰ってきた。しかし、昨 晩から、喉と頭が痛くなって来て、今日の朝はやっと起きて帰ってきた。中村君いわく「風邪のたらい 回し」のおはちが自分に回ってきたようだ。ここは、プラス思考でもうひかないように、強力な免疫を 作るために、速攻で寝よう。


1997年12月6日

午前中、小学校のPTAのもちつき大会があった。本当なら、プロパンやセイロを用意して蒸してつく のだが、「私がそれならうちの工場で蒸して運びますよ。」と言ったら本当にそうなった。車で往復し て、運んだが、学校と工場は100メートルほどしか離れていないので、予想どうりうまくいった。 子供たちには、テレビで見たと言われるし、おかあさん達にはおいしいねーと誉められるし、営業的に も、おいしいイベントだった。
明日、青年塾の出発式の打ち合わせで、福岡に飛ぶ。自分で寸劇のシナリオも作ったのを見てもらって 何をどうするか、ある程度話をする。往復5万円と宿泊を考えると、ちょっと考えてしまうが、それ以 上の価値があると信じて出かけたいと思う。


1997年12月5日

かきもちを買いにいらしたお客様が、なんとこの日誌のコピーを持っていらっしゃってビックリした。 聞くと、以前、有機肥料を撒いた時に消毒と間違がわれて苦情の電話をかけてきた方だった。その時は、 精一杯説明したつもりでいたが、もっと良く知っていただくにはこのHPを見れますかと聞いたところ 、インターネットをしているということで、さっそくアドレスを送った。その後は、何もなかったのだ が、今日お出でて、いつも見てるということで非常にうれしかった。
クレームは最大のチャンスと口では言っているが、やはり、受ける方はうまく処理出来るか不安なもの である。そんな意味で、インターネットが役に立って良かった。


1997年12月4日

スノータイヤを新品に履き替えたが、今回はイエローハットで替えた。我が社の車輌関係は、ほとんど 日産カーライフアドバイザーの方に世話になっている。しかし、今年は青年塾で、イエローハットの鍵 山社長を始め、社員の皆さんに非常にお世話になっているので、せめての恩返しで近くのイエローハッ トで替えさせてもらった。ついでに、あの掃除の神様愛用の、「カネヨン」という洗剤も売っていたの で、さっそく買ってきた。これで掃除がへたでも、少しはきれいになるだろう。
PL保険に入った。これで、安心と言うわけでなく、単にスーパーと契約する時に証書がつくだけに過 ぎない。ようするに、ミスは許されないのである。ある保険屋さんに「保険に入るような用心深い人は 、失敗しないのですよ」と言われたが、まさしくそうである。


1997年12月3日

朝、起きたら雪が積もっていた。今日は、もち米を精米するのに大量に農協に持っていく日だったので まずいことになったなと困っていた。しかし、うまくしたもので午後から止んだので、少し除雪して強 行した。フォークリフトが空回りして大変だったがなんとか終了して、いよいよもちつきの準備も本格 化してきた。
ついに、中村君も風邪をひいてしまった。ひいてないのは私ぐらいだが、「家にいないか ら、うつらないんでしょ。」と言われてしまった。そんな事を言っているうちに、年末にかけていつも ひどい風邪をひくので注意が必要だ。我が社の、もちにつかう「とり粉」はデンプンをフライパンで炒 って乾燥させた天然ものを使用している。風味があって素晴らしいのだが、乾燥しているので、鼻の粘 膜をやられやすい。素手で触ると、すぐに荒れてしまうほどあるが、それが餅の表面に薄い膜を形成し ておいしさを閉じ込めるのだから、どうしても他の化学精製の粉や、粗い粉は使いたくない。こだわり とは、身を削りながらのこともあるということか。


1997年12月2日

外出禁止令が発動されていて、今日は家にいる。会計士さんとの打ち合わせや、PL法保険の関係 で時間が過ぎた。まだ、選挙ボケから復帰していないので脳みそが活性化していない。そろそろ、 もちつきモードに切り替えないとまずいが、7日に福岡市で青年塾の出発式の打ち合わせにも行か ねばならないので、そっちの準備もある。まあ、その気にならないと無理なので、のんびりやっている。 出発式というのは、最初修了式となっていたが、これからがスタートという意味があるのではないかと いう意見があってそうなった。横浜で帆船を借り切ってするので、きっと思い出深い経験になるのでは ないかと楽しみにしている。


1997年12月1日

疲れてはいるが、さわやかに仕事を始められた。ようやく標準モードに戻せそう。しかし、その爽やか な気分を壊すような事件があった。稲刈り時の作業料金が支払われない方がいたのだが、別にいつもの ことで、春に再請求すれば必ず振込まれるのだが、今回はややこしくて乾燥調整したお米を我が社で立 て替え出荷したので、先にその代金を何気なくその方の口座に振込んだ。しかし、その口座は不良債権 で取り引き停止になっていて、我が社には作業料金が振込まれそうになくなってしまった。困ったこと に、稲刈りしたのは別の農家でその方から我が社に何故か、作業料金の請求があった。なぜ?と思って いたら、先の米代金から払ってくれとお客様から言われたそうである。さらに、ややこしいのは、関係 のない、うちの農協に処理を頼んで来て訳が分からなくなってしまった。
結果的は、なんとか乾燥調整の料金はもらったが、やはりもらうものは先にもらっておかないと、恐く て振り込みも出来ない世の中になってしまったと思うと、少し考えさせられる。しかも、もうそこまで こじれた人は、口がうまく、なんとかしようと必死なので何を本人に言っても無駄というのも分かった。 それだけでも、収穫かもしれない。





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