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あぐらぐち物語 2001年9月分





2001年9月29日


 カグラモチの稲刈りも、終盤に差しかかり、人車とも限界に来てしまった。数日前から、家族ともども体調が思わしくなく、専務は、夕方ついにリタイヤ。私も、フラフラするが、今から瀬名スキー場のコテージで、バーチャルショップの勉強会。これは、外すわけにはいかない。


2001年9月29日


 カグラモチの稲刈りも、終盤に差しかかり、人車とも限界に来てしまった。数日前から、家族ともども体調が思わしくなく、専務は、夕方ついにリタイヤ。私も、フラフラするが、今から瀬名スキー場のコテージで、バーチャルショップの勉強会。これは、外すわけにはいかない。


2001年9月28日


 今日は、富陽小学校の稲刈り。昨晩、結構雨が降ったので心配したが、なんとか出来た。毎年、私の説明が上手いのか(B型的発言?)、上手に刈れるようになった。一番大変なのは、意外にも、刈るより、束に結び、はさ干しすることであることに気付いてからは、順調に行えるようになった。5年生のベランダにずら〜と干された稲は壮観である。
 私事であるが、次男がようやく、学童野球の入団申し込みに同意した。一度、入団しそうだったのだが、低年齢過ぎてだめで、それ以来、入団出来る年齢になったのに、入ろうとしなかった。親としては、長男と一緒に野球をしてくれればと願っていたのだが、強制すればするほど、かたくなになってしまい困っていた。しかし、入団拒否の理由と言うのが、ふるっている。「自分は上手いと、周りのみんなが思っている事が、プレッシャーでいやなんだ」と言うのだから、誰に似たのやら、、、。ちなみに、次男は血液型Bである。



   


2001年9月27日


 今日は、さらに全開で稲刈りをした。さすがに、グルグル回り過ぎてめまいがする。しかし、天気予報では、明日は早くも雨。まだ、少し青い籾が目立つので、適期には、余裕がありそう。このカグラモチ、一斉に熟すのではなく、のんべんだらりと熟すので判断が難しい。ただ青い米が多いと、もちつきをした時に、硬化に時間がかかるので、作業に支障が出るので要注意。お客様には、一定の商品を届けているので、分かりにくいかもしれないが、毎年、気候によって、おモチの特性がずいぶん違うのは、工業製品と大きく違う点だと実感する。


2001年9月26日


 カグラモチを全開で刈った。何回か、オーバーヒートしながらも、続けて刈り続けた。普通は、稲刈りのお客様の作業が間に入ったりで、なかなかこうはいかないが、カグラモチは全部、林農産の田んぼなので、楽である。今週中には、とにかく、刈ってしまう予定である。
 Web販売が、今月に入り前年比5倍のペースである。今期のトータルでは、まだ2倍なのだが、月日が経つにつれ、数字が伸びて来た。メルマガの効果と、林さんちファンのクチコミの貢献度が大きい。去年の今ごろは、胴割れ米で、完全にブルーな日々を送った事を思うと、本当に感謝です。しかも、胴割れ米と分かっていながらも、ご愛顧し続けてくれたお客様も多く、感謝以上の気持ちが、沸き上がって来ます。さて、もうひと踏ん張りだ。なにせ目標は、前年比10倍なんだから。


2001年9月25日


 連休は、子供の野球三昧だった。日曜日は、秋季野々市大会決勝。舘野さんに、7対6で辛くも優勝。最終回に追い付かれてドキドキだった。でも、久しぶりの優勝旗は感無量でした。その日の午後は、九思学童野球クラブさんと、練習試合を2試合!してから、祝賀会。メッチャ盛り上がる。月曜日は、城東メッツさんと恒例の交流試合。ジュニア(5年生)、ジュニジュニ(4年以下)、レギュラーと、3試合。メッツさんは、選手だけで54名、指導者保護者を入れると100人近い。うちも、多いなぁと思っていたが、比べものにならないほどの活気があるチームだった。食事は、全て富陽学童クラブが作ったので、お母さん達は、連日の準備で大変だったようだ。私も、グラウンドで役に立たない分、色々お世話出来て良かった。実は、カレーライス用に、コシヒカリからわざわざ、ハナエチゼンに精米し直したのだが、監督の配慮で、皆さんの前で披露させていただいたのは、嬉しかった。
 今日から、カグラモチの稲刈り。一気に行くぞ!


2001年9月22日


 今日は、小学校の運動会。朝、小作料のお米を少し運んでから、見に行ったら次男の競走は終わっていたので、長男のバラエティー走を撮った。この時点ではトップだったが、、、、。もう一枚は、運動会の花形「騎馬戦」ヨーイドンで、各騎馬が、対決するところだ。なんと言っても盛り上がる。世間では、危ないからとか、平等にとかで、騎馬戦や、リレー、さらに順位を決めない学校があると聞くが、信じられない。運動が得意な子もいれば、苦手な子もいる。それを知ってこそ、自分を知り、さらに他人にも優しく出来るのだ。ニセの平等なんて、くそ食らえだ!(失礼)



   


2001年9月21日


 朝から雨。これは、まずい事になったと思った。地主さんへ小作料のお米350袋以上、3トントラックで配達しなくてはならないので、雨だと難しいのだ。しかし、ボーイズをそのために、大勢呼んだので、せざるを得ない。結局、雨の中、強行したが、早いこと!早いこと! いつもは、夜までかかるところを、3時までには終了。やれば出来るじゃないの。手伝いに来てくれた皆さん、有難うね。


2001年9月20日


 普通のコシヒカリの籾摺り終了。10a当り398キロしかなかった。ハナエチゼンが410キロ、普通じゃないコシヒカリが501キロ。苗の失敗の段階で、これは決定していたのかもしれない。去年は、多収だったが品質が悪かった事を思うと、今年は品質が良かったので、収量を補うように販売しなくてはいけない。注文は、こちら
 コシヒカリの10キロ袋詰めのシーン。とにかく、せわしないのでランニングハイ状態になって、笑ってしまうのだ。全部で、900袋詰めましたが、この袋は中古リサクル品を使用しています。
 今日、先週から来ていた研修生の岡野君が、東京へ帰るので、恒例の記念撮影。背の一番大きい方が、岡野君です。研修ご苦労様!これからの日本を背負えよ。



   


2001年9月19日


 小作料現物の籾摺りを最後にしている。予定より、ずいぶん収量が少ない。どうも、大豆跡のコシヒカリが、見た目より少なかったせいだ。大豆跡は、肥料分が残っているので、収量があるように見えたのだが、いざ袋詰めしてみると、2番米、3番米が多い。これは、通称「中米(ちゅうまい)」と呼ばれるお米で、1番米と2番米は、1.85ミリのメッシュで、2番米と3番米は1.8ミリのメッシュで選別している。1番米は、もちろん人間が食べるお米。2番は、業務用等の価格調整に使用してるようだが、林さんちでは、知り合いの方に安く譲ったりしている。新米のうちなら、1番米と遜色ない味なので、お得意様が存在する。3番米は、お菓子や飼料等に使用しているようです。
 こうやって見ると、やはり肥料が多いからと言って、多くとれるわけでない事が分かる。うちの栽培体系も、良い線行っているなぁと、今回の件で逆に思った。あ〜でも、田植えの時点で、減らすべきだったと反省、、。


2001年9月18日


 コシヒカリの刈取りが終了。こんなにずれ込むとは、思いもよらなかった。お天気には勝てないな。
 さあ、これからが、小作料現物の配達、小作料の計算、コシヒカリの販売促進、餅つきの段取りと、年末に向けてせわしなくなる。実は、稲刈り時期が、一番、私にとってはノンビリ出来るのである。


2001年9月17日


 朝、勇んで稲刈りに行ったら、昨晩の雨で、濡れていて刈れなかった。しばらく籾摺りで時間をつぶしてから刈取開始。久しぶりに、乾燥機4台一杯になった。でも、さすがに終盤に来て、倒伏した田もあり、作業の難度がアップ。スタッフに対する要求度もアップするので、大変だ。しかし昔は、ほとんど倒伏した田んぼばかりだったので、今の作業が、いかに楽かが分かったと思う。それでも、うまくすれば、明日コシヒカリ終了しそう。


2001年9月16日


 またまた日曜出勤。でも、長雨で田んぼは、水浸し状態。泥で足を取られながら、ミズスマシのように、揺れながら必死にコントロールしてなんとか稲刈りをした。残りは、倒伏した田なので、明日の天気にかけたが、夕方また雨。大丈夫かなぁ。


2001年9月15日


 午前中、学童野球野々市大会があり、野々市学童野球チームと試合があった。6対0で勝てた。この試合で、わが息子が代打で登場。ネクストバッターボックスに、出てきた時には、ドキッとしてしまった。ファールは打ったけど、結局、三振。自分の子供が出ると、すごい緊張だった。レギュラーの親御さんは、大変だ。


2001年9月14日


 「バッチ−ン!」早朝、カミナリの音で目覚める。一瞬、飛行機が落ちたと思ったのは、ニュースの見過ぎかもしれない。それから、ザーザー降りの雨。今日も、稲刈りが中止である。周りを見ても、かなり、よその田の刈り残しがある。いつもは、林農産の田んぼが最後に残っている場合が多いのだが、それぐらい、雨が降っているという事だろう。昼過ぎに、雨が上がったので、無理して刈り始めるが、1枚ちょっと刈った時点で、やはり土砂降り。結局、明日はお休みに決定し、またまた日曜出勤が決った。お天気に振り回されているなぁ。
 インターンシップ研修の学生さんが来た。早稲田大学の2年生で岡野君。来て早々に、籾摺り作業をしてもらったが、生まれて初めての作業は大変そうだが、がんばっていたので大丈夫だろう。


2001年9月13日


 台風一過、スカッ!とは晴れず、相変わらずの不安定な天気の中、稲刈り再開。三日間も雨が降ったので軟弱な田んぼに苦労しながら、なんとか刈れた。今日も、お米の検査があったが、全量1等だった。これで、ようやくJAS法表示が、「石川県13年産コシヒカリ100%」と出来る。今までは、例え、コシヒカリでも未検査だと、「複数原料米、国内産100%」という表示だったので、妙な事になっていた。まあ、どっちみち、林さんちのお客様は、全然気にしていないようだが。
 明日から、インターンシップ研修で、早稲田の学生さんが、1週間研修に来る。今回は、珍しく男性。良い出会いになることを祈っています。


2001年9月12日


 昨晩の米国へのテロ報道を見ていたら、今日は寝不足。このような事態になって初めて、一般の人は危機管理を叫ぶが、実は、永いスパンで準備していないと、すぐには出来ない。日本農業も、危機管理の視点から見ると、国内産の意味はとても大きい。何も、敵は鉄砲やミサイルだけではないのである。余っているように見えるお米も、まったく不足しているのは明白だ。それにしても、酷い事をする。でも、以前、バングラデシュの学生に、「なぜ日本は、フセインの敵であるアメリカの味方をするのか?」と聞かれ困ったことがある。アメリカもミサイルをイラク市街地に打ち込んでいるのも事実。しかしそれにしても、一般民間機を一般のビルにぶつけるのは、イスラムの聖戦と言えるのだろうか。
 仕事の方は、まだ台風の雨の影響で稲刈りが出来ず、籾摺り作業。乾燥機もタンクも空になるので、あとは、満を持して明日から刈るのみだ。


2001年9月11日


 体調不良である。この1ヶ月神経を張り詰めて来たので、体がダルイ。籾摺りは、中村君に任せて、少し休んでいたら、地元ラジオ局の北陸放送MROの「oh!新世界」のラジオカーがアポ無しで来社。少し休んだので、絶好調の活舌でトークを展開出来た。「うちでは、新米は眩しいので、サングラスをかけて食べてます」は、受けてたなぁ。
 昨日は、コシヒカリの検査をした。少し水分値が高いものもあったが、オール1等だった。去年が散々だっただけに、久しぶりに見る1等の印は、感慨深いものがあった。


2001年9月10日


 負けた。さすが御園学童野球、ホームラン2本を含む長短打で、5回コールド負けを喫してしまった。これで、県大会への道は閉ざされた。残念会で、飲み過ぎて頭が痛い。
 今日は、日曜出勤の代休日。段取り通り、雨も降ってきたことだし、のんびりしよう。


2001年9月8日


 昨日からの雨で、午前中はお休み。午後から、稲刈り再開。今日は、大きな区画の稲刈りだったので、楽だった。ただ、ボーとステアリンググリップを握ってるだけ。大多数の稲作農家は、こんな大きな田んぼでやってるのかなと、フト思った。
 しかし、稲刈りのお客様から、早く刈ってくれと泣きが入ってしまい、明日は、休日出勤になった。でも、午前中は、子供の野球の大事な試合があるので、中村君と交代で刈ることになった。台風が二つも来ているので、刈れる時に刈るしかない。


2001年9月7日


 強い雨だった。結局、一日中籾摺り。しかも、夕方には、タンクが空になった。毎年、この時期、秋雨前線の停滞で足踏み状態が続くが、まあ疲れて来た事だし、休むとしますか。
 研修生だった、三宅君が突然友人と訪ねて来た。こうやって、かつての研修生が顔を出してくれるのは、嬉しいものだ。昔話に、花が咲いた。彼の岡山県では、稲刈りは、まだまだだそうだ。やはり、ヒノヒカリの作付けは、増えているようだ。


2001年9月6日


 午前中は、天気がもったが、午後には雨。がんばって予定分は、刈ったが、最近お天気が長続きしないなあ。その分、うまく袋詰め作業とバランスが取れているので、ライスセンターは割と余裕が出て来た。現在、作業請負のお客様の稲刈りをしているので、林さんちのコシヒカリの刈取りはお休み中。一軒づつ乾燥機に入れるので、満タンと言うわけに行かず作業ロスが大きい。まだ自社分は、30%ほどしか済んでいないので、がんばらにゃ。
 HPの表示スピードの評価のサイトを、お店ばたけおもちゃのとらやさんに、教えてもらって調べたら、なんと評価F。これ以下があるのか不明だが、かなりの低い評価である、ショック。やっぱり、根本的に直して行かないといけないようだ。


2001年9月5日


 今日は、水分値は、二段乾燥でうまく行ったが、今度は、玄米に籾が混じるトラブル。色々な原因が考えられる。籾摺り量過多、籾摺りロールの磨耗、生籾混入、籾殻排出装置の詰り、etc。全てを直して行くうちに解消して行った。複合原因だったのかも知れない。そうなると特定出来ず、再発の危険もはらんでくるが、とにかく注意しなくては。少量の籾は、精米すれば問題ないが、玄米で食べると、もろに出るので問題だ。
 明日から、実店舗で、コシヒカリの新米発売開始である。わが社では、一斉に切り替えるので、大変。特に、今年は価格変更もあるので、ポップからレジまで全て変更せねばならない。レイアウトも新米発売に向け変更した。去年の胴割れ米で苦しんだリベンジ開始だ。
 最近、掲示板で盛り上がっている「テキストリンク」。調べると、いわゆる重いサイト対策は、色々あって掲示板のキタコ氏が言う画像が出る前にテキストが表示されるパターン。テキストがインデックスで出るパターン。今回、暫定的に採用した、テキストページを用意するパターン。あと、画像やバナーを軽くする。バナーも別サイトへ読みに行くものは避ける。解析ログを複雑なものを入れない。解析ログを別サイトへ読み行くものは避ける。等々があるけど、ADSLやケーブルの人にとっては、まったく関係の無い話。そんなハードが進めば進むほど、誰にも優しいHPが求められて行くのだと感じた。きっと、ふゆさんが言うバリアフリーは、そんな深い意味があるんじゃないかな。でも、もうちょっと待ってねキタコ!


2001年9月4日


 昨日の雨が残っていて、籾摺り。でも、ここで規定の水分値にならないトラブルが発生。14.5%〜15.5%で乾燥しているはずが、16%を超すものがあった。結局、全部確認してから。もう一度タンクから抜いて乾燥し直した。乾燥機とタンクをあっちやったり、こっちやったりで大変だった。しかも、今日は普通のコシヒカリ玄米10`袋詰めを行ったので、さらにせわしなかった。でも、なんとか、難問をクリヤー。今年は、去年の胴割れに懲りて、早刈りの傾向になるからだ。あちらを立てればこちらが立たずで難しい。でも、高水分のお米は、早めに食べれば問題ない。問題は、保存が利かないという点なのだ。でも、林さんちでは、一年で全部食べるので大丈夫。さあ!今年の商品がほぼ出揃った。実店舗でも6日より販売開始だ。


2001年9月3日


 昨日は、朝7時から、小学校の一斉清掃、草刈り機で草刈り。8時から、石川松任学童少年野球健全育成大会の開会式。そして昼ごろ野々市町舘野学童野球チームと試合。以前にも書いたが、野々市町のチームは、どこも強くて油断がならない。舘野さんにも二連敗を喫していたが、今回は7対1で勝たせてもらった。勝ち方が、珍しく?ランイングホーマーが4本という強烈な得点だった。しかし、守備では、満塁が3回もあってよくしのいだのが勝因だったと思う。いつ応援していても疲れる試合をするチームだ。印象的だったのが、キャプテンの親御さんが、感動で泣いていたこと。ここ1ヶ月はまったく勝てない状態が続いていたこともある。だから私みたいな控え選手の親は、ボンヤリとしているが、やはり責任ある立場の両親のプレッシャーは、強いんだなと思うと同時に、そうやって泣ける親を持つ子供は幸せである。ちなみに、キャプテンは2本ランニングホーマーを打った。
 美味しいお酒を飲んで、昨日は早めに就寝。朝起きると、雨の予報が外れていたので、とにかく稲刈りをした。ところが、月曜日は、とにかく色々あるので、集中出来なかった。特に、新米と古米の販売の切り替えをどうするかで、大変だった。メルマガやこの日記を読んでいる方は、事情を知っているが、実店舗で買われる方は、いきなり値上げ?と思われても仕方がない。せ〜の〜で!と一斉に切り変える必要があるので、準備が必要である。昔と違い、生産と同時に、販売も行わねばならない。しかも直売なので、店舗への陳列から販促グッツ、支払い方法、HPの更新、と全部段取りしなくてはならない。一番大変なのは、お店の藤井さんだな。


2001年9月1日


 普通じゃコシヒカリ玄米10キロ袋を詰めた。普通は、30キロ詰めのところを、3倍のスピードが要求されるので、せわしないのなんの。四人がかりでの作業だった。なんとか、予定数を詰め終わった。あと、普通のコシヒカリの籾摺りをすれば、来週早々には発売開始できる。ただ、あまり慌てて籾摺り直後を精米すると、もち状態になって詰まるので、ここは我慢する。
 明日は、日曜日だが、さすがに3週連続日曜出勤は、世間が許さない。早朝から、小学校の一斉清掃、学童野球の秋の松任石川大会と目白押しである。稲刈りしたいが、ここも我慢だな。


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