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日記を、日付順に、読みたいので、1番下へ行く

あぐらぐち物語 1999年4月分



1999年4月30日


今日も、順調に田植えが出来た。しかし、スロープ、つまり田んぼの入り口用の斜面の事だが、それが無い田んぼが、今回あってすごく大変だった。大変というより、身の危険を感じる事態が何度も発生した。昔の人は、少しでも米をとろうというので、どんなに農道と田んぼが段差があっても、スロープは付けない。しかし、最近の機械は大型化しているのと、特に、田植え機は、重心が高くて、アルミブリッジをかけても、すごく危険である。おまけに、タイヤに泥が付いているので、横滑りして落ちたことも何度もある。さらに、無事渡ったとしても、泥に思いっきりめり込んだブリッジを引き上げるのは至難の技だし、さらにそれを用水で洗うのも、しんどい。実際、春先になると、トラクターの下敷きになって亡くなる方が後を絶たない。わずか数uのことで、命をかけるなんて、私には理解できない。
夕方、「アッ」と気づいた事があった。明日、給料日なのに、銀行が休みということ。どうやって、現金を用意するか、困ってしまった。色々、聞いたが、お手上げだったが、だめもとと思い、妻に聞いたら、キャッシュカードでおろせると言われた。だめな亭主には、堅実な妻が、つきものだが、助かった。給料払えずに、夜逃げかと思った。


1999年4月29日


いよいよ、田植え開始。今回も、スーパーボーイズ、スーパーレデイースが、集まって来て、田植えを 楽しんでいる。もう、ベテランも多く、田植え機への苗積みこみも、ほとんどブラインドタッチで入れている。肥料や除草剤の補充も完璧なコンビネーションである。問題は、集まり過ぎて、お願いして人 数を調整している。仕事は無いが、日長一日、林農産の周りで何かやって楽しんで帰って行く。うーーん素晴らしい農業の世界である。


1999年4月28日


ようやく、代掻きが終了。マラソンのゴールみたいな気分である。しかし、同時に田植えモードなので、気が抜けない。連休前に、田植えを済まそうという、あわただしいお客様もいて、ハウスの苗出し準備も含めて、細かい作業が多かった。
毎年、思うのだが、お客様が、苗をハウスから出して、自分のトラックに積んで行く時、我が社は、セルフサービスで、あれこれ指示はしない。取って行った箱数も自己申告である。こんな時、その人の性格が良く出る。どうも2パターンあって、まず、チョットでも長い苗を選んで、まだらに抜いて積んで行く人。順番に前から積んで行く人。前者の場合は、次の人のために、通路を空けたりは、しない。後者は、次の人のために、通路にある邪魔な苗箱をよけてくれている場合が多い。問題は、一体、どっちの人が得をするか?である。我が社でも、良く議論になるが、私はもちろん後者が得をすると思う。前者は、得をしたと一見、見えるが、違うと感じる。皆さんはどう思います?


1999年4月27日


代掻き、ラストスパートで、かなりがんばったけど、変形田や移動が多くて、明日、ラスト11枚が残ってしまった。本当は、田植え前に、半日ハンドルを握らない日を設けたかったが、そうもいかなくなった。まあ、なんとか夕方までには、代掻きを終了し、田植え準備も終えたい。


1999年4月26日


なんと、青年塾関係の二人が当選してしまった。杉並区長選は、NHKの特集に取り上げられた位、注目を集めた選挙だったし、花巻市議会議員選は、トップ4になる健闘振り。5分5分と言われていたが、見事な勝ちっぷりであった。そして、ただの選挙運動と違うのが、後片付けの素晴らしさであろう。「背中を磨く」まさしく青年塾の真骨頂である。普通の運動員は、勝った勝ったと言って、酒を飲んで終わりだが、実は、これからが出発なのである。
昨晩、当確が出たのが、深夜12時くらいで、今日は眠かった。しかも、今から藤陰幼稚園との田んぼの打ち合わせと、PTAのスポーツ少年団の懇談会が、ダブルである。昨年、ジーパン、トレーナーという、いつもの、いでたちで参加したら、「ナメテル」と言われたので、今回はスーツである。きっとスポーツ少年団だから、みんなジャージかなと思っていたのが間違いだった。


1999年4月25日


一日、雨でブルーな日だったけど、がんばって代掻きをした。昨日、今までのアドバンテージを使い果たしてしまったので、もうやるしかない状態である。ここへ来て、鬼のようにペースを上げている。あとで、雑草が多くて困るのは、例年通りであるが、荒起こしと田植えにはさまれた、代掻き作業はどうしても、厳しくなる。
あんまり、根を詰めたので、切れて、子供達を連れて寿司屋で散財してしまった。寿司屋でも、やはりカウンターに座るようにしている。子供達にも、「座敷に座るのは素人だ」と教えている。回るなんとか寿司もいいが、時には本物を食べさせるのが、将来を考えて良い事だと思う。しかし、鉄火だのトロだの高いものばかり注文するのには、閉口するが。
そして、現在、青年塾で応援している、杉並区長選と花巻市議会選の立候補者の当確の連絡待ちの状態で事務所で待っている。もう、「当選」の原稿をファックスにセットしているので、後は、全国に一斉通信するだけである。志の戦い、ぜひ、朗報を待ちたい。


1999年4月24日


天気が悪いのもあるが、選挙で、レデイースが出動したそうっだので、午後は休みにした。私も、夕方から、郡PTAの第1回理事会があるので、思いきった。
世の中、選挙一色で、歩いて行進を始めているようだ。自分もやってみたが、なぜ、選挙で行進してお願いして回るのか疑問を感じた。自分の時は、候補者が辻辻で、演説をしながら、参加者が応援演説しながらだったので、ただの名前を叫ぶパターンではなかったので、良かった。
そんな時に、「学んだのは、人にものを頼むのは大変なことである」という点。頭の下げ方、手の振りかた一つでも、気を入れてやらないと、本気さを相手に伝えれないと感じた。今日も、雨だったので、窓を半分だけ空けて、手を少し振った選挙カーがあったが、私の時は、体を大きく乗り出して、雨にぬれながらやったものだった。まあ、それも、支援者から、ドライバーが偉そうだと指摘されたからだが、難しいものである。おかげで、店での頭の下げ方が上手になった。へたな、従業員研修よりいいかも。


1999年4月23日


田んぼが、大きい地区もあるが、アベレージが26枚を切ってしまった。チョット厳しいスケジュールになってきた。なんとか、1日、休みが欲しいのだが、、。まあ、後半の追い込みに賭けるか。
実は青年塾ニュースの今日の分の編集を、私に任されていて、大変だった。原稿がそろったのが朝で、しかも、完成したと思ったら、別の緊急の原稿が来りで、事務所と田んぼをを行ったり来たり、休憩時間、昼食時とフルに使ってのファックス送信となった。おまけに、あわてて、号数と日付を間違えてしまった。編集能力の欠如が明らかになってしまった。


1999年4月22日


暑かった。半そで一枚で十分な天気だった。毎日、まるで時計の針のように正確に、代掻きをして回っている。たった1周の無駄な周回が積もり積もって、ラストに響いてくる。例えば、現在29日田植え予定だが、29日にまだ、2.3枚残っていたとすると、少なくとも半日は、無駄になるし、そのために人員も無駄になる。その半日の遅れのおかげで、雨などで作業が出来なくなり、実際は、何日もの遅れにつながっていく。そんな経験をいやというほどしている。だから、あたかも、マラソンランナーのように、時を刻んでいる。
もう少しで、市街戦である。ところが、この代掻き用のドライブハローという機械は、幅が2.2メートルもあるので、すごく気を使う。路上駐車などあれば、万事休すの時も多い。今日も、住宅地の中を、グルグル回るはめになった。まあ、フェラーリを運転していると思えばいいか。


1999年4月21日


今日は、快晴、しかし、風が冷たかった。そして、久しぶりに、ウミネコが現れた。昔は、代掻き時には、大群が来たが、最近はどういうわけか、あまり来なくなった。他に、エサが豊富か、田んぼにエサが無くなったのか。どうも、農薬のせいで、後者のような気がしてならない。しかも、それを食べてウミネコが被害にあっているのかもしれないと、色々なことを考えた。
鳥と言えば、ツバメが1週間前に来た。去年など、2つがいが、3回も雛を育てた。毎晩、鍵などかけない無用心な家など、うちぐらいなものだろうから、集中するようになってきた。しかし、昔から、ツバメは繁栄の象徴なので、我が家には、ハルマゲドンは無関係のようだ。


1999年4月20日


今日は天気が良く、代掻き日和。しかし、町長および町会議員の選挙が告示され、狭い町の中を、選挙カーが、23台もひしめき合っている。まあ、それはそれでいいのだが、仕事上、外にいることが多く、選挙カーの人達にすぐにつかまってしまうのが、困る。応援している人ならともかく、見ず知らずの人に近くまで来られるのは、気兼ねである。そのたびに、トラクターを止めて、降りねばならず、正直つらい。しかし、選挙カーに、乗った事もあるので、無視するわけにもいかない。良く、手を振った相手に、完全無視されると、「アンニャロー!」と思うのが人の心情である。まあ、投票うんぬんはともかく、愛想良く、笑顔で手を降るのが、礼儀だろうか。


1999年4月19日


月曜日は、なんやかんやと携帯電話が、かかってきて仕事に差し支える。大体、最近の携帯は、番号が変わるたびに買い替え、機種が変わるたびに買い替えで、メーカー側もあまり、耐久性というものを考えてない。大の男が、女、子供の持つようなパールピンクの携帯を持つのは、男女雇用機会均等法が施行されようが、どう見てもおかしい。私が推奨する、働く男の携帯は、もちろん完全防水、ケースは金属製で、象が踏んでも壊れない、電池は、1ヶ月は持つ、そして、色はもちろん、つや消しのブラックで、使い込むほどに、地肌の金属が出てきて渋くなる。なんなら、昔の映画のように、担ぐタイプも渋い。マルサの女で出てくる、黒電話型も渋い。もし、私が、デザイナーなら、そうする。
一体、今まで、何度、用水に落としたことか、さらにトラクターで踏み潰したり、その度に買い換えで しかも、絶対モデルチチェンジしているので、バッテリーも充電器も使えない。これは、絶対に絶対おかしい。私の知り合いの、土建屋さんは、何度もコンクリートミキサーで、掻き回しているそうだ。コンクリート壁を壊して携帯が出てくる、コマーシャルなんて格好いいのに。


1999年4月18日


日曜日で、レデイースが休みだったが、ボーイズ達の協力で、なんとか作業をした。天気も、小雨は降 ったが、曇りだったので、ハウスの苗の水遣りも少なくて済んで、最小メンバーで仕事が出来た。お日様が出ていると、散水パイプでやっても足りない所が出てきて、てんやわんやになるのだが、こんな人手が足りない日の、曇り空は、本当に助かる。


1999年4月17日


PTA総会は、うまくいった。120センチほどもある、「P」「T」「A」の文字を作っていき、女性役員に持ってもらい、「P!パパママ先生 T!楽しく A!遊ぼう PTA!!、さあ今度は、皆さんでもう一度、ハイ!」と言う感じで、唱和してもらった。もう、これは、挨拶というより、私の趣味の領域に入ってきている。
去年、前役員への記念品を、それぞれの方の希望をとったので、大きさがバラバラになった。そして、そのことに対する疑問の声があがっていたので、今回は、そのことについて少し説明をした。「違ってていて、イインです!! なんでもそろっていなければという考えが、イジメや差別につながっているのです。私なんかは、九谷焼の壷を贈られるより、バイクのヘルメットの方がいいに決まっています。」てな話をした。個性教育だの、なんだかんだ言って、へんな平等意識が染みついている。本当は、そんなのこそ、不平等なのだ。
午後からは、代掻きを開始。数えたら、一日、28枚やらないと10日で終わらない。よほどの事が内限り、もう休めないな。


1999年4月16日


さすがに、入水作業も3日目ともなると、疲れてきた。なにせ、一日中、用水の中にかかがんで、顔を突っ込んでいる姿勢から、這い上がって、今度はせき止める板を切って当てる、うまくいかない場合は 、再度調整を繰り返すのだから、たまらない。体力のみならず、知恵も駆使して入水するので、頭も疲れてくる。しかも、代掻きと言って、水を張ってトラクターで均平にする作業を、周りも一斉に始めるので、張ったはずの水が、無くなっていたりと、あっちの水門、こっちの水門と飛び回るはめになる。
でも、この地区は、日本有数の水の豊かなところなので、水を巡っての闘争にはならない。さらに、田んぼの減少で、どちらかといえば、水位が上がりすぎるくらいである。
ともあれ、夕方から代掻きを始めた。これからが、我が社で一番大変な時期になる。そんな時期に、明日午前中、PTAの総会がある。さすがに、周りからブーイングが出たが、仕方がない。腹をくくってまた、パフォーマンスに賭けるつもりである。


1999年4月15日


一日入水作業。しかし、朝がたポンプからハウスへ水を供給する根元のパイプが破裂したり、水が出なかったりでてんやわんやのスタートだった。昨晩、消防の操法の練習の後、飲んで遅く帰ってきて二日酔いだったが、こんな日に限ってトラブル続出するものである。反省、明日から早起きしなくては。
夕方、近くの学童保育へ、ハウス内の器具や田んぼの入水用のパイプを触ってはいけないことを説明しに行った。実際にハウスの給水バルブと入水用パイプ、そして苗を持って行って、話をした。最近は、だいぶうまくなり、「おじさん、誰か知ってる?」と聞くと「林さんちの、人」とか「夢太のお父さん」の返事がある。そして、「おじさん、農業の会社で林農産の社長なんだけど、知ってる?」と聞くと今度は「お米、売ってる!」の返事、「他に、お餅や大豆も作ってるよ」と私が言って、苗を見せて、「これは何かな?」と聞くと、「お米の葉っぱ!」の答えで、「そう、これはお米の赤ちゃん、苗と言うんだ、じゃあ、これはどこにあるかな?」と聞くというあんばいで、対話形式で進めた。これには、子供達も集中して話を聞いてくれる。なぜ、触ったらいけないかの答えに、林農産がだめになると言ったら、子供の間から、「倒産だあ」「倒産って何?」「クビになることだよ」とどんどん話が進展して行くので、すごく笑えた。1,2年でなんでそんな事知ってるの?とこっちが聞きたかった。


1999年4月14日


朝から、大雨だったが、どうにもこうにも入水作業をしなくてはならなかったので、久しぶりに合羽を 着て作業をした。合羽を着ているとは言え、すぐにびしょぬれになるので、集中力を維持するのが大変である。合羽の色は、私のは蛍光黄緑の派手なものを使用している。合羽に限らず、作業着は派手なものが多いが、伊達や酔狂で着ているのではない。交通量の多い道路ぶちでの作業が、多く目立つ服を着ていないと、本当に危ないのである。スレスレをまったく減速せずに通りぬけて行くドライバーに一度、その恐怖を経験してさせてやりたいと思うことしばしばである。したがって、私は道路工事中の方の横を通るときは細心の注意を払っている。


1999年4月13日


朝から、田んぼに水を入れ始めた。まさしく我田引水。しかし、田んぼの枚数が350枚、さらに土の 土手、コンクリートと様様な用水の形態があるので、木の板、くいを発電機搭載で、一つ一つ寸法を測って作っていく。去年の物がある場合は、いいが風で飛ばされたり、流されたりで多くが無くなっている。さらに、新しい田んぼは、入水用のパイプから埋めなくてはいけないし、コンクリート壁の場合、 インスタントセメントというものを型枠を作って流し込むという土木作業まですることになる。しかし、ここで手を抜くと毎日の入水作業が手間取るはめになるので、しっかりやっている。多くの、最近の 区画された田んぼは、まさしく「ひねるとジャー」なので、こんな苦労はない。まあ、その分、脳みそ のしわが増えるぐらいなものか。顔のしわも増えるが。
今日、中村君が農業青年のケーブルテレビの収録で、途中抜けた。農業青年自らが、テレビ番組を作ると言うのは画期的なことである。ラジオよりすごい。しかし、抜けるのは、本当は、きつかったが、我が社の経営基本理念からいうと、このようなときこそ、なんとかするのが、正しいと判断した。高木善之さんの講演にしても、本当は仕事をしたいところだが、今までの百姓はその部分を省略してきたから、今の現状があると思う。


1999年4月12日


荒起こしも終盤。ここへ来て、追加の田んぼがあったりして作業計画がキツクなってきた。本当は、土曜日がに終了するはずだったのだが、雨が降ったりして遅れ遅れになっている。しかも、明日も雨。どうしよう。
そんな中、PTAの実行委員会と言って、御世話役の学級委員さんの会合が午後一杯あった。パパママ先生PTA!と、パネルを使って、いつものパフォーマンスを、女性役員の人とやった。それも、学級委員さん全員でご唱和である。次回は、総会でもっと多くの保護者の前で、もっと大きなパネルでやる予定である。
最近、裏ホームページ掲示板上で私の、衝撃映像が載ってしまった。15年前の、仮装パーテイーの写真を持っている友人が、15年ぶりメールを送ってきたと思ったら、いきなりやられたのでビックリした。周りの人間も、社長が元バカであったことに、妙に安心しているようである。より一層親近感を持ったようなので、削除しないで置いてある。たまには、バカを見せるのもいいか。


1999年4月11日


高木善之氏の講演会に、みんなで行った。地球環境について、時には激しく、時にはユーモアを交えて の三時間半。環境団体は、とかく目じりを吊り上げたイメージがあるが、高木さんは、出来ることから やろう。しかも、非対立の立場を一貫してとっているので、スッと分かりやすく入れる。我が社の、方 針もかなり高木さんの影響を受けている。例えば、塩化ガスの出ないハウスの被覆材[PO]、塩化ガ スの出ない餅の包装袋、中古袋を使用した玄米袋、米の保存に冷蔵庫を使用しない、田んぼに殺虫殺菌 剤を散布しない、除草剤は一回の使用、しかも専用散布機で正確に均等に規定量を散布して、過剰に散 布しないようにしている。青年塾でも、マイコップマイ箸を推奨している。妻にいたっては、合成洗剤 は滅多に使用せず、とぎ汁で食器を洗っているし、洗髪は、なんと「酢」でする。大体、メニューで肉 の使用は極端に一般家庭より少ない。まあ、その他、言えば切りがない。高木さんいわく、知った人か ら、少しずつ変えていけばいいと思う。


1999年4月10日


花見は、なんとギターとバンジョーのセッションと歌の競演であった。ダンゴ三兄弟から、蛍の光ウエ スタン風、キロロ、ete。少し、寒かったが、今日が雨のことを思うと大成功だった。それにしても 、百姓をさせておくには、もったいない芸達者ばかりである。
そして、今日は、5回目の苗出し。6回目は、5月の初めなので、とりあえず種まきは終了。後片付け をして、午後は、カキモチの袋詰め、米の袋詰め、米ヌカの袋詰め等、なかなか普段忙しくて出来ない ことをした。荒起こし終盤へ、差し掛かっての雨は、正直きついが、御天気には勝てない。
そこで、次男の自転車を購入しに行った。もちろん、デイスカウントショップなどでなく、プロショッ プへ買いに行った。子供用自転車といえども、フレーム溶接が、イモ付けのものと、ラグ溶接といって 特殊なものでは違う。もちろん、ラグ溶接の車種にした。部品も最近は、中国製や台湾製のものも多く 、やはり国産製がクオリテイーが高い。「ブレーキのタッチが、ほら違うでしょ?」と店のオヤジに言 われると、なるほどその気になる。もちろん、部品も国産品が付いたものを買った。子供のころから、 本物を与えておくことは、重要なことである。ちなみに、納車整備の間に、自転車を見ていたら、なん とハーレーダビットソン自転車を発見。格好がいいので、すごく欲しくなってしまった。うーーん、こ れは我慢我慢。


1999年4月9日


いい天気で気持ちが良い。一日、トラクター作業だが、完璧に市街地なので、気を使う。なんと言って も、トラクターについた泥を道路にまいてしまうので、それを最小限の場所で落とすのに、気を使う。 何も考えずに、走ると、長距離に渡って、撒き散らすので要注意である。まあ、色んな人が通るので、 気は紛れるのが、唯一の利点かな。
今晩、FMのマンマデイキテルのチームで花見がある。放送終了にも関わらず、酒飲みの会だけは、し っかり存続している。もちろん、私も参加する。でも、きっと寒いだろうなあ。


1999年4月8日


一日、トラクター作業。昨日の種まきと、夜の消防の操法の練習で、太ももの筋肉が痛い。きっと明日 は、もっと痛くなっているような気がする。
この後、PTAの役員会がある。総会前の大事な役員会で、いつも深夜までかかっている。今回も、そ うだろうが、なんとか早めに終了したいものだ。


1999年4月7日


5回目種まき。今日は、学生さんも社会人も、全然いなくて、少数でやったのできつかった。しかも、 種まきの数が一番多い日でもあったので、遅くまでかかってしまった。ともあれ、なんとか終了。
最後に、無農薬用のイセヒカリの種をまいた。去年は、1キロしかなかったので、苦労して田植えした が、今年は十分まけた。なにしろ、300倍にも400倍にも増えるのだから不思議である。一粒が約 2000粒に増える。いのちって、とても不思議だ。


1999年4月6日


久しぶりに、朝からトラクターに乗ったが、お昼になって、にわかに掻き曇って、暴風雨になってしま い、こりゃ晴耕雨読だなと、お休みモードに入っていたら、今度は急に晴れて、あわてて仕事に行った ら、またまた暴風雨。春先は、天気がコロコロ良く変わる。
夜、軽油免税のハンコをもらいに、田んぼの御客様を回った。これは、トラクターの使用する軽油には 、道路税だったか自動車税だったかが、含まれているので、農作業に使用しているから免税して頂戴と いう書類なのである。昔は、簡単な書類だけで済んだのに、最近は、ハンコを要求されて大変である。 なんと言っても、お客様の人数が半端でないので、大変なのと、軽油免税のシステムを説明するのが、 一苦労である。他人から、何事によらずハンコを頂くには、骨を折る。しかし、これで、10万円以上 も還付されるので、気合を入れて、やっている。焼き肉、何回分か?


1999年4月5日


入学式に出席した。今度は、我が子の入学だから、妙な感じだった。いつものように、良く学び良く遊 ぶという、大きなパネルを用意してやった。緊張して、まあまあの出来だった。やっぱり、同じ技だと 気合が入らないなあ。次回は、違うことを考えよう。
青年塾の3期生の、青年塾ニュース送付のための、ファックスネットの段取りをしていたら、アッと言 う間に、夜になってしまった。何事も最初は時間がかかるなあ。


1999年4月4日


4回目の種まきをした。今年は、なんとかうまく芽も出てうまく行っている。去年は、わずか300円 の温度計が壊れていたおかげで、散々な状態であったことを思うと天国である。そして、今日は、青年 塾の入塾式の日である。不覚にも、風邪やら、ギックリ腰で仕事に大穴を空けてしまい、参加できなか った。みんな、怒っているらしい、、、困ったな。
これから、みんなで焼き肉に行く。遠くへ出向していたメンバーが戻ってきたのと、大学が始まるので 帰る学生がいるので、ウシ3頭用意した、もちろん、霜降り無しの輸入肉だ。


1999年4月3日


昨日と打って変わって、好天。久しぶりに、朝からトラクターに乗って仕事をしたが、店番の藤井嬢の 風邪が治らず、店番に逆戻りした。もう、中村君もトラクターの運転に関しては一人前なので、安心し て任せられるので大丈夫である。体の方も急速に回復しており、タンが盛大に出るようになった。白血 球やらの体の免疫が総動員してやっつけたウイルスの残骸であろう。ただ、風邪薬が効いていて、まだ まだボーとしていて、集中力が出ない。たまには、ノンビリもいいか。
今期の正式な決算書が出た。なんと、黒字が90万円!に増えていた。決して粉飾決算したわけでない のだが、嬉しかった。明日は、決算黒字還元焼き肉パーテイーである。


1999年4月2日


朝から、ひどい雨だが、私は、苗用の土を21トン足りないので、業者まで行って運んだ。現場の方は お休みだが、かきもちを100枚入りの袋詰めにして梅雨越しの準備をした。やはり、袋に入れて、冷 蔵庫に保管しないと、味が極端に落ちるのである。
こうやって、日記を書いていても、著しく集中力が落ちているのが分かる。やっぱり、相当リハビリが 必要かも。


1999年4月1日


流行に、疎い私だったが、流行遅れのインフルエンザにかかってしまった。29日は、なんとか仕事をし たが、次の日から、倍返しで来てしまった。久しぶりに、39度近くまでに攻めてしまった。今日も種 まき日なので、起きてきたが、フラフラして集中力を保つのが大変である。おかげで、仕事に大穴が開 いてしまい、3日の入塾式参加を断念せざるを得なくなった。残念、、、。しかし、我慢も志のうちだ と思う。
社長以外は、順調に動いているが、とうとう、隣で中村君が寒気がすると言っている。これは、リング ウイルスかも。





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