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あぐらぐち物語 2000年7月分


2000年8月1日


 農協から、クボタの実演トラクターを借りてきて、今日は、田んぼを起した。何せ、私が乗っているのが、昭和60年購入だから、15年位の差がある。ほとんどの操作が、デジタルで、ボタンでピッピッ!と出来るし、エアコンは良く効くし、静かでラジオも良く聞こえる。隔世の感がすると言うのは、この事だ。やはり、欲しい、しかし、まだ我慢だ。目指せ、6000時間、現在3800時間。
 食糧事務所の方が来て、検査場所の書類にハンコを押したが、ここで大問題が発生。今まで、何気なく使っていた、「石川コシヒカリ」等々の米袋が、登録商標の関係で、農協出荷以外には使えない事が判明。農協、業者、店舗と3つの販売パターンがあるが、どれほどの比率になるかは、なかなか難しい判断がいるので、一番制約の多い、農協出荷を前提に詰めていたのだ。下手に詰めて、出荷先が変わると、詰め直しと言う最悪の事態を招きかねない。しかし、言われて見れば、確かに他人の商標を使っていたので良くない。と、言う事は、無印の袋に詰めることになるが、今更、印刷が間に合わないので、内容表記の手書きの部分が増える。しかし、4000袋以上を手で書いていたのでは、日が暮れる。何か、良い方法を考えねば。
 昨晩と今日、「富陽小に貞子はいるか」の模様が、NHKで放送された。5分ほどだったが、アピールするには、十分な内容だった。校長先生も最近、気苦労が多かったが、教育長に誉められ、鼻高々である。難しい意味はともかく、楽しく学校に触れる事が出来れば、これでもう満足だ。


2000年7月31日


 今日は、暑い中、苗箱を全部、納屋の2階に片付けた。これでようやく、春作業が全部終了。今日は、月末だが、なんとか乗り切った。経営者としては、「よしっ!」と言う感じだ。確かに、法人税支払いは、効果がある。しかも、今年は、お米の在庫もうまくさばけている。志高い友人が、米の卸をやっていて、沢山売ってくれるので助かっている。適正な価格で、適正な美味しい米で、あれば良く売れるのだ。
 ハナエチゼンの等級検査の予約をお願いしてきた。去年は、言うのが遅く失敗したが、今年は早めに予約した。今では、検査米でないと流通しにくい。しかし、JAが、外部の検査場所として申請してくれなければ、出来ない。それはそうだ、わざわざ検査した米が、他の業者に売られるのは困るのだろう。しかし、我がJAは、検査をうちのライスセンターでしてくれるので、助かっている。そうやって、儲かった金で、JAの物を買えば、最終的は、お互いの利益になる事を知っているからだ。うーん、最強たるゆえんか。
 今日の朝の事件を2発。朝、突然「今日、あぐりの登校日やがいね!」のばあちゃんの絶叫で目が覚めた。「ゲー!」と思い時計を見ると7時12分。もう、次男は、半泣きで、準備してパニ食っている。そして、妻が、よくよくスケジュール表を見ると、表を一列見間違いしていて、本当は8月22日と判明、事無きを得た。もし登校していたら、、、どうなっていたことやら。
 2発目は、やれやれと思っていると、玄関に首の切れたデッカイねずみが一匹。チョミ吉が捕まえて来たのだ。そう言えば、この前も酔っ払って夜中帰って来たら、玄関で、死んだねずみと添い寝していた。妻と中村君が、捕まえた事を一度誉めた事があり、それ以来である。だた、茶の間で、内臓を撒き散らすのは、止めて欲しいなあ。


2000年7月30日


 ハシゴ登りは無事終了。ただし、消防団としては大失態であった。なぜなら、立てる向きを逆にしてしまい、無理やり方向を変えたら、段取りが滅茶苦茶になってしまった。こんなものは、「粋」が勝負、ガタガタやったんでは元も子もない。しかも、金沢のハシゴ要員が見に来ていたので、余計、格好悪かった。とどめは、その直後のインタビューで、その事について少し話をしたのが、幹部の逆鱗に触れて、大目玉であった。命を賭けてやって、格好悪くて、叱られれば、さすがの私も、やる気が失せてしまった。幸い、先輩方が気を使ってくれたので、切れずに済んだが、なんだかガッカリの一日だった。
 今日は、長男の少年野球を押水町まで、見に行ってから、海水浴でもしようかと思い、出かけた。しかし、会場に着くと、長男が、倒れて休んでいた。ようやく風邪も治り復帰出来たと思った矢先だったが、この夏一番の暑さで、もたなかったようだ。肝心のジュニア戦、いわゆる5年生の試合が、続けさまにあったのに、ことごとく出られなかった。かわいそうだが、これも人生だ。


2000年7月29日


 今日は、ハシゴ登り本番。もう、連日の練習でフラフラだが、全てのアドレナリンやドーパミンを総動員して全身オーラで包んで演技せねばならない。あるデータによると、ハシゴ登りは、ラグビーの1ハーフに相当するエネルギーを消費するらしい。こう言う時は、スーパー傲慢になって、日本一自分が上手いと、言い聞かせることにしている。中村君が、「農業法人で、こんな危険な事ばかりしている社長は、いませんね」と言われた事があるが、どうもそうなる運命にあるようである。


2000年7月28日


 残りのカグラモチに肥料を散布。幼稚園と小学校のカグラモチには、有機肥料を散布した。幼稚園の田は、植え方にムラがあるので、稲の色もムラムラになっている。隣の稲との距離があると、栄養を1人占め出来るので、葉色が濃くなるのである。日光も良く当たるので、粗植が良いとされるゆえんである。ただ、人間は煩悩が多く、細かく植えた方が良くとれると勘違いしている人が多い。
 今日は、月末に向け、メイン口座に、ありとあらゆるお金を集中した。今年は、毎年もらう、農協へのお米の予約金をもらわずにしのごうとしているので、綱渡りである。予約金をもらわねば、私は、好きに出荷できるし、農協も予約にとらわれずに済む利点がある。ただし、流動資産が、会社に残っていればの話だが、この時期、百姓は、春からの投資が重なり厳しい。しかし、法人税を払うような経営なら、大丈夫との信念でやってきたが、確かになんとかなりそうである。もう少しの辛抱だ。


2000年7月27日


 今日は、中学生が二人になり、しかも作業も慣れて来たので、ようやく話が噛み合い始めた頃に、研修終了。最後は、ハシが転げても楽しいようで、なぜか「ストラックアウト」をして帰って行った。将来、もちつきのバイトに来てくれればいいなあ。
 カグラモチの肥料散布もほとんど終了。後は、29日の「野々市じょんから祭り」でのハシゴ登りさえ終われば、だいぶ楽になる。昨晩から、毎晩練習があるが、どちらかと言うと、「持ち手」の練習がメインなので、あまりモチベーションが高い状態とはいえない。早く、本番にならないかな。


2000年7月26日


 「富陽小に貞子はいるか」は、大盛況のうちに終了。皆さん、本当に怖かったようで、絶叫が校内にこだましていた。ボランティアで募集したオバケさん達のモチベーションが高く、思いっ切り、メークや小道具に凝っての演技が、全体を盛り上げてくれたと思う。打ち上げで、久しぶりに美味しいビールを飲んだ。
 今日の、中学生の実習は、苗箱の片付けと、肥料散布。20キロの肥料袋は重いので、どうかなと思ったが、二人でなんとか持って入れることが出来た。ようやく、慣れて話もするようになったが、相変わらず、かみ合わない。対応年齢のレンジは、自分自身かなりのワイドレンジだと自認しているが、さすがに、苦しい。あと一日がんばろうな、中村君!


2000年7月25日


 久しぶりに、雨が降った。しかし、今日から野々市中学の職場体験が3日間あるので、お休みにはならなかった。4名の女子が来たが、午前中、玄米の10キロ袋詰め、午後は、ガンコ揚げを手伝ってもらった。明日は、肥料散布と、苗箱結びである。この時期、丁度良い作業を用意するのが、一番大変。しかし、町内をウロウロしていると、やたら中学生の姿が目立つ。色んな所に、研修に入っているのが分かる。
 昨晩の貞子の準備は、順調に行ったが、それでも10時半までかかった。学校の全ての窓に、黒幕を貼ったが、やれば出来るものだ。これで、成功したも同様である。あとは、私自身のメークアップをどうするかだなあ。


2000年7月24日


 虫送りで、ハシゴのフルバージョンを行った。ほぼ半年ぶりの、本ハシゴだが、上手くいった。背亀も、3日前から、するかしないか迷った末に敢行。周りから、安定感があり過ぎて、かつての独特のリスキーな感じがなくったと言われる始末である。上手くなったら上手くなったで、次のレベルに行く時が来たのかもしれない。
 日曜日は、次男と用水へ、小魚を捕りに行った。去年もいたが、「モロコ」と言う種類のものだ。それが、実に沢山いるのである。小さな命だが、自然が少し戻った気がして嬉しい出来事だ。
 夜、「富陽小に貞子はいるか」の準備をする。事の成否は、今日の準備にかかっている。NHKさんも取材に来て、どんどん盛り上がって来た。


2000年7月22日


 昨日の、塾長の講演の謝礼の支払いの時、側にいたら、なんと全額、新二千円札で支払っていた。あまり、沢山出せないので、せめてものの心遣いと言うことだ。二千円札を作って、内需を拡大しようと言う考えには賛成出来かねるが、このような心遣いには、おおいに賛成である。しかも、塾長が、きっと冗談だろうが、「林君、両替しようか?」と言われたので、すかさず「ハイ!」と言ってしまったのは、やはり傲慢のなせる技?。この新札、斜めにしないと見えない「NIPPON」「2000」の文字。特殊なライトで光る印刷と、随所に新しい手法が取り入れられていることを、その場で披露したら、皆さん、ビックリしていた。ただし、両替した札は、汗でヨレヨレだったのは、まずかったか
 今日は、午前中、普通じゃないコシヒカリの肥料散布をして、午後はお休み。夜は、「虫送り祭り」で、消防の出動とハシゴ練習がある。


2000年7月21日


 昨日は、一日学童野球に浸かっていた。いつもほっとかしなので、ドップリ浸かる日もたまにはいい。今日は、上甲塾長が、金沢福祉専門学校で、講演されるので、送迎を仰せつかった。久しぶりにお会いして、話したい事は沢山あるが、いざ会うと、言葉が出てこない。難しいものだ。
 長男が、1人で、白山自然少年の家での、県教育委員会主催の合宿に参加した。まったく、友人もいない状態で、みんなとうまくやって行けるのか、少し不安でもあり、普段の様子を見ていると、大丈夫という確信もあり、親としては、ヒナの巣立ちを見るようである。
 ヒナと言えば、一昨日ツバメの巣が落ちそうになり、下から板をビス留めしたら、ビックリして、初飛行してしまった。一羽、小さいのは、捕まえて巣へ戻したが、夜は、また全羽、巣に戻っていた。野性の鳥は、一度巣を人間が触ると二度と戻って来ないが、ツバメは、何らかのトラブルで巣やヒナを人間が触っても、全然問題無く、続けて育てている。人間を信頼しているのであろうか。でも、なんとなく信じられると気持ちがいい。


2000年7月19日


 今日は、どうしても田んぼが軟弱で田植えが出来なかった所の草刈りをした。ところが、除草剤を散布してなかったために、一面思いっきりヒエが伸びていた。地主さんに、怒られたが、仕方がない。一度、乾かして耕さないと使い物にならないほど、ドロドロなのだ。しかも、山手で伏流水が染み出てくるし、上には家が建っていて植木で陰になっていて常に湿っている。秋に、大量のもみがらを入れる予定。そうすれば治るらしい。
 久しぶりに、見学の団体が来られた。いつも最初に、「我が社で生産技術を学ぶのは無理です。皆さんの方が上です。」と切り出している。ただ、「売り方に合わせた、生産技術の話は出来ます。」と付け加えている。「志高い系」「志低い系」うまく、分かってくれたかなあ。


2000年7月18日


 昨晩の打ち合わせを元に、「富陽小に貞子はいるか」の準備をした。校舎模型は、非常に役に立ち、なかなか良いルートが出来た。今度は、それを元に、包装用の赤色と黄色のモールで模型上にルートを作成。本番では、その色と同じケミホタル(夜釣りに使う発光体)をコース上に並べる。何しろ、複雑なルートなので、説明が大変だ。
 25日から3日間、野々市町中学の2年生が4人、職場体験に来る。今日打ち合わせだったが、なんと4人中1人しか来なかった。少し先が思いやられる。ただ、全員が女子というのは、あまり違和感は、なくなった。最近は、男子より元気な場合が多いから心配していない。本当に、当日来るのやら。
 今日、ようやくサーバーが復旧。プロバイダーさんも、雪印ではないが、失った信用を回復するのは、並大抵ではないと思うが、これもチャンスと捉えて、頑張って欲しい。


2000年7月17日


 普通じゃないコシヒカリの肥料を散布した。久しぶりの百姓らしい仕事だった。今回は、中村君の意見を取り入れ、2回に分けて散布する。何しろ、10アール当たり50キロ散布だが、有機系の肥料は粒が大きく、我が社の古い散布機では、タンクに19キロがせいぜいである。8アールだと、丁度20キロ散布すれば良いので、2回に分けると上手く行くのである。他社は、40キロも入る大きな散布機を使用しているが、日本一根性の無い農業法人を標榜する我が社は、14、5年前の小さな機械で十分である。
 今晩、「富陽小に貞子はいるか」の打ち合わせがある。それ用の校舎モデルをダンボールで作った。やっつけで作ったが、きっと役に立つはずだ。口でルートを言っても、なかなかイメージがつかめないので、どうしようかと悩んだ結果である。ただ、少し傾いているなあ。


2000年7月16日


 久しぶりに、バイクに乗った。今回は、農業法人(有)ばんばの女性新入社員、ゆっこチャンと、ウハウハツーリングである。ただし、走り始めて分かったが、彼女、超安全運転。見栄張ってテージをチョイスしたのが間違いで、一緒に走っていると、エンジンが止まりそうであった。今度は、スクーターにしよう。それでも、訳の分からないコンビであったが、色々話が出来て楽しかった。
 昨日は、次男が、春先から「カニを捕まえたい!」という、謎の要望に応えるべく、大雨の中、美川にカニを捕りに行った。思いっきり濡れたが2匹ゲット!この日は良く濡れた日だった。午後は、そのカニ用の水槽とエサを買ってきた。
昨晩、第一回目の「田んぼのミュージックフェスティバル」の打ち合わせを行った。おおまかな点は、決めたが、いつものことだが、あまり詳細に決めなくても、スタッフが、目的を良く分かっているので、きわめて順調に運ぶ。これは、たいしたものだ。


2000年7月15日


 昨晩、火災出動があった。野々市町の端っこの方で、いつもなら、走っている間に、鎮火している場合が多いくらいの距離だった。ところが、到着してみると、塗装工場が、ガンガン燃えている。放水ノズルを手に、近づき、慎重にガラスを破り侵入。これが、いわゆるバックドラフトが起きるパターンと言うやつで、怖い瞬間である。中は火の海だったが、我が分団は、うまく2本のホースで侵入に成功し、効果的に消火して行った。周りからの放水がお湯になって降り注いでくる、こりゃ、シャレにならん。
 1時間ほどでようやく鎮火。ホースを片付けて帰ったら、しらじらと夜が明けてきた。今日は、雨で、会社を休みにしてあったので、ナイスだった。


2000年7月14日


 午後、年金算定の説明会があった。生活習慣病、年金改正、等々の話があったが、サッパリ分からなかった。よくもまあ、こんな複雑なシステムを考えたものだ。そういえば、今年初めて、会社で健康診断を申し込んだが、まったく音沙汰がない。まさか、稲刈りのさなかに言ってくるんじゃないだろうなあ。
 昨日、レディースが、タマムシ!を捕まえて来た。妻も子供達も大騒ぎである。もはや、幻の昆虫と言われるタマムシ。さすがに、綺麗だ。しかし、次男が、学校へ持って行って帰ると、死んでしまった。やはり、ストレスが大きかったのかも。妻は、家宝にすると言っている。伊勢神宮の今度の遷宮の時の宝物製作の時、供出したらいい。
 なんと、明日は、お休み。もう、草刈りしか仕事がないのと、忙しい時は無茶苦茶忙しいので、暇な時は、ノンビリ休むのが豊かな生活というものだ。


2000年7月13日


 午前中、とくの幼稚園で、なぜ今稲づくりなのかの話をした。いつものように、化学肥料と有機肥料、合成アミノ酸と天然アミノ酸、亜鉛とナトリウム、カルシウムとリン酸、等々の話題を、子育てと結びつけて話した。いつも言っているが、45歳以上の特に男性は聞く耳を持たない人が多いので、それ以下を狙って「食と命」の話をするようにしている。分かったかなあ。
 午後は、農業総合事務所の普及課の人と、林農産圃場特別巡回をした。圃場巡回は、地域ごとに行っているが、我が社は、数ある農業法人の中でも、普及課の言う通りに栽培してる、数少ない?法人なので、特別に巡回に来てもらっている。ここで、肥料の散布時期や、量を決定する。品種でも、違うが、攻める栽培は、早めに大量投入、守る栽培は、遅めに少量投入。前者は、収量は多いが、病気や虫そして、倒伏にリスクがある。後者は、倒伏、病気や虫にも強いが、収量が少ない。去年は、思いっきり倒伏した品種もあるので、一部遅めで散布だ。田植え以来、ようやく百姓らしい仕事かな。


2000年7月12日


 今日は、私にとって特別な日である。5月26日以来約8週間あまり、消防とPTAで出ずっぱりだったが、今日ようやく開放された。ただし、明日は、ハシゴの練習があるが、毎晩ではない。今回、選挙で消防の大会が1週間延びたのが全ての原因だった。消防の練習もだいぶ早く帰れるようになったが、もうひと踏ん張りして、飲み無しDAYを作るようにしないとまずいな。
 最近、草刈りをしているが、例年に比べ、余り伸びていない。カラ梅雨だからだ。大豆も背丈が低いし、稲も同様で、しかも、かなり葉色が落ちている。葉色の緑が薄くなる事を、「葉色が落ちている」と言うが、日照が多く、葉の中の養分を光合成で消費していくと、そうなる。と、言う事は、豊作と言うことになるが、果たしてどうなることやら。


2000年7月11日


 プロバイダーさんのサーバーが、またまたストップ。まだ不安定なようである。きっと、周りからヤイノヤイノと言われているんだろうなあ。その一人に、私も入っているのかもしれないが、プロバイダーのHPには、刻一刻と、トラブルや復旧の情報が入っていて、大変そうである。それでも、日記は、毎日更新しているが、問題は、掲示板だなあ。最近は、ほとんどのスタッフは、これを見て動いているので、問題である。ただし、我が社のすごいところは、スタッフの作る裏HPがありその掲示板もバックアップとして使用出来る点である。最強の農業法人たるゆえんである。
 と、久しぶりに傲慢ビームを発射してみたが、最近どうも謙虚を装うからまずいのかもと思うようになった。現実は、現実として受け入れねばならない。その上で、優しさや暖かさが十分残っていれば十分なんだろうなあ。


2000年7月10日


 今回の「第2回かがやまなか掃除に学ぶ会」は、2回目と言う事もあり、楽しく世話人をさせていただくことが出来た。前回、懇親会で、余興で音楽や踊りを出したが、せっかく踊ったり、演奏していただいているので、聴かねばならないし、たまにしか会わない人と話をしたいしと言う事で、中途半端だった。決定的だったのは、酒の席で地元中学生が演奏した点で、本当の「おもてなし」と言うのは、こんな派手な事ではなく、笑顔や暖かさというなんでもない雰囲気ではないだろうかと感じた。そこで、今年は、簡単なスピーチのみで、おおいに語っていただいた。もちろん、我々世話人は、ホストとして場を盛り上げるために、走り回っていたが、実はこれが、一番楽しかった。
 苦手の?トイレ掃除のリーダーも、代表世話人の能瀬さんに、「技術もさることながら、心が大切。その部分は、林君は大丈夫だから」という助言をいただき、自分らしい楽しい掃除が出来たと思っている。それにしても、久しぶりの多くの出会いに、感謝!


2000年7月8日


今から、掃除の会だ。サーバーも復帰したかな。


2000年7月7日


 明日、山中中学で、「かがやまなか掃除に学ぶ会」がある。早朝出発して、あらかじめ、本番に出来ない分を掃除する。本当は、大丈夫だったが、中学生の参加が、職員会議で蹴られてしまった。どのような経緯があるかしらないが、地域の方々が、良かれと思って必死になってやっていることを、この仕打ちでは、やり切れない。PTAの仲間として、恥ずかしい気持ちで一杯である。「教育とは、流れる水に字を書くが如く」と言うが、時間がかかるようだ。さらに「他人は変えられない、自分が変わるしかない」という言葉を胸に、明日参加するつもりだ。


2000年7月6日


 午前中、5年生の授業に呼ばれて、話をした。稲作ではなく学童農園で、それぞれが、トマト、ピーマン、ナスを栽培してきた感想を発表する授業であった。その中で、「根腐れ病」「アブラムシ」がもっか、彼らの大問題で、行きつくところ、農薬の話になった。そこで、私が稲を例に、話したが、イメージとしては、損益分岐点。つまり、肥料をやれば収益は増えるが、農薬も増える、農薬も少しで、ちゃんと経営が出来るバランスが大切ですと、話した。でも、うまく伝わらなかったようで反省している。なにか、上手い例え話を考えないと、難しい。ただ、「畑の中でも、水はけが違うし、品種も違うから、それぞれが自分の作物を見て管理しなくては」とか、「A薬で、1000匹中999匹死んでも、次またA薬だと、生き残りの1匹が、1000匹に増える、すると、B薬C薬と切りがないので、よほどの事でないと散布しない」という話は良く通じた。
 面白いのは、学童農園の近くを通る方や、保護者の方が、いろいろ手助けや助言をしてくれる点。これこそ、総合学習で、地域との連携だなと感じた。それにしても、アブラムシに、マリーゴールドが有効とは知らなかったなあ。


2000年7月5日


 昨晩からPTAの地区懇談会に参加始めた。本当は、29日から開催していたが、ようやく4回目からの参加になった。しかし、年々、参加者が減っている。「地区懇談会」という旧態然とした名称がまずかったのかもしれない。何か、こう、パッションのある名称を考えねば。「富陽小学校の普通じゃない地区懇談会!」ってのはどうだろうか?
 サーバーが、未だにだめだが、プロバイダーの担当者には、「こっちは、3日、4日、動かない位で、ガタガタ言わないから、大丈夫。かえって、休めて丁度いいくらいだ」と言ってある。きっと、各方面で叱られているのだから、救いとなる言葉も必要だ。


2000年7月4日


 一昨日から、プロバイダーのサーバーがダウン。ホームページが見れない状態で、更新だけは続けています。いつも当たり前の様に動いているものが、動かなくなると、初めて、そのありがたみを感じるものである。今日も、いつも休憩をしている納屋の電気が漏電。なんやかんやと、トラブルが続いているが、健康だけは維持している。一番、有り難いのは、自分や、家族、スタッフの健康だね。


2000年7月3日


 消防操法大会は、ポンプ車が25団中11位、そして私の小型は7団中5位だった。5週間がんばったが、現実はなかなか厳しいものだ。がんばり過ぎて、体内のアドレナリンが、一切無くなってしまった。ここから、また多くのことへモチベーションを上げて行くのは、並大抵ではないが、一山越えて、ホッというところか。


2000年7月1日


午後から、明日の消防操法大会の会場「松任グリーンパーク」下見に行った。ところが、A組だと思って試走した場所が、なんとB組だった。こりゃ、まったく下見の意味がなかったかも。しかし、グラウンドの真ん中を斜めに走るので、目印になりそうなものが、まったくないので、結局同じと自分に言い聞かせることにした。そして、帰ってきて小型ポンプで最後の放水チェックをしようとしたら、なんとレバーが、ポキッ!と折れてしまった。真っ青になったが、増泉のメーカーまで持って行って中古部品を取り付けて事無きを得た。しかも、エンジンやその他の点検もしてもらい、とても調子が良くなった。「厄転じて福となす」とはこの事である。





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