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あぐらぐち物語 2001年3月分





2001年3月31日


 午前中雨が降って、午後には横殴りの雪。仕事は、苗箱を2階倉庫から降ろすのと、カキモチ箱詰め等をした後は、お休み。しかし、私はお昼に学童野球の試合に津幡まで行った。今回は、最終回追いつくも、1対2で惜しくも負けた。去年、県大会予選でコールド負けしたチーム相手だったが、ガップリ組んでの試合、次回に期待したい。
 午後、我が社のスタッフ3名を、「農業法人ばんば」へ苗搬出に派遣した。バイトの2名は、雨で仕事が無かったので収入確保で良かったと思うし、アンチこと増井さんは、他社を見ることによって、色々気付く事も多いだろう。


2001年3月30日


 朝、起きると雪!苗の運搬を雪の中敢行。もう少し降ったら身動きが取れないところだった。しかも、ボーイズが今日はまったくいない日で、久しぶりに家族労働って感じだった。
 このホームページに簡単なアクセス分析ソフトを付けてもらった。石川県のバーチャルショッピングモールのHPドクターの方に、どこから来るか把握してくださいと言われて、プロバイダーさんにお願いしたものだ。付けて見ると、結構サーチエンジンから来る方が多いのにビックリ。バーチャルショップ道場に入ってから、マメに検索エンジンの更新登録をした効果が出てきているようだ。しかも、最近は、トップだけでなく日記4人分も、6つのサーチエンジンに登録して大変なだけに嬉しさもひとしお。
 最近、掲示板に地図を印刷出来ないとの書き込みをキッカケに、HPドクターの方が、リニューアルをしてくれたものをアップし直した。これは、ぜひ見て欲しいが、http://www.hayashisanchi.co.jp/map2.htmlトコトンありとあらゆる所が、リンクされていて、トヨタ、アピタ、ガスト、ジャスコは言うに及ばず、白山病院という近所の人しか知らない病院まで、果てはペットショップ今西。ののいち駅松任駅は、時刻表が出てきて涙ちょちょ切れ。まさかと思い、日本海をクリックすると感動のページが!有難うございます。ひょうたんから駒でしたね。林さんちのHPは、まだまだ、発展途上の状態だけど、今は春作業真っ盛り。シコシコ写真を撮りためながら、再リニューアルをもくろんでいます。
 あと、今日、富陽小学校の先生の離任式。ずいぶん、私が世話になった方が、他校へ移られることになったが、なんと、離任式の後、作業場へ皆さん来られ、挨拶をして行かれた。長いPTA会長生活でも初めての経験でビックリしたと同時に本当に感謝したい。新天地でのさらなる活躍をお祈りしています。


2001年3月29日


 午前中と夕方だけ餅袋詰めと、荒起こし作業をした。昨日の夕方、超強烈クレームが来た。「どうしても、フンワリ焼けない。良く干すとバラバラになって焼けない。こんなカキモチを作っているのはなぜだ。生活科学センターへ調査を依頼するが良いか」というもの。良いも悪いも、一度うかがって事情をお聞きしたいと言っても、我が社のカキモチは、ヤマイモやサトイモを入れてないので、固めに仕上がりますと言っても、まったく聞いてくれない。そんなのはカキモチではないと断定される。仕方ないので、どうぞ調査して下さいと言った。ところが、朝、電話があり生活科学センターから、差し戻された、家に来て焼いてくれとなったので、午後うかがいますと言ったら、今度はお昼頃、なんで来ないんだと電話。確かに午後であるが、急いでレディースの方を連れて伺った。しかし、焼いて見せても、説明しても、代わりの他社の膨らむカキモチをお持ちしますと言っても、どうしても昔のカキモチと違うとおっしゃるので、返金をして謝って帰って来た。クレームの対策としては、これ以上の誠意を見せれないので良いとしても、人の話をまったく聞かないこの老人の行く末を案じるのは私だけであろうか。


2001年3月28日


 午前中は雑務、午後は餅つきと会計士さんと打ち合わせ。有り難い税金の納付書をいただいた。250万円の法人税だが、200万円は既に予定納付済みなので、50万円で済んだと思うのは素人の浅はかさ。消費税の前期分56万円も支払わねばならない。こうして実際払うと、我々の国の政治に対して、非常に憤りを感じるのは私だけか。源泉徴収をやめただけで随分変わると思う。


2001年3月27日


 ガックリ来てしまった。なんと、午前中ほとんどスタッフ全員かかって、田んぼの進入賂でクレームが出た所の修復をした田んぼが、今年一年で埋め立てられる事が、午後になって判明。永く水田で使うことを前提とした大仕事だったのに、、、。クレームを付けて来た方は、隣の田んぼの持ち主だが、いわゆるクレーマーと言っていい人で、あんまりしつこいので、これ以上ない対処をしたのも傷を深めてしまった。しかし、埋めるのが前提なら、前もって言ってくれない方も問題がある。田んぼなんて単なる土地転がしの材料にしか過ぎないのだろう。
 種まきの1回目をしたが、作業中にこの話を聞いた時は、石化してしまった。でも、こんなマイナスの気の状況は、サッサと忘れて「二の矢」を受けないようにしよう。


2001年3月26日


 午前中はトラクター作業。午後は、社会教育委員会という、お堅い会合に出席。明日は種まきである。
 年度末は、とにかくせわしない。40歳にして、椅子に座っての仕事が多くてかなわない。それでも、全部をこなしている訳ではないので、社長という仕事は、農作業との兼ね合いが難しい。明日は、お百姓をしよう。


2001年3月25日


 早朝から行った野球の試合は、9対3で負けてしまった。がっかりだが、そうやって貴重な経験を積んで行くのだと思う。その後グラウンドに帰り、同じ場面を何度もシュミレーション練習していた。
 朝出かける前に、種もみを催芽器に入れた。これは、32度の泡風呂のような水槽に種を入れて、「ハト胸」程度に芽を出させる装置である。このハト胸と言うのが実に難しい。以前はなかなか芽が出なかったが、専務が改造して良く泡が出るようにしたら、油断するとすぐにモヤシのように出てしまう。こうなると撒く時、機械に引っ掛かってうまくない。今晩あたりが、微妙なラインだ。


2001年3月24日


 一日、荒起こし作業をした。こんなに天気が、続くのは久しぶりだ。
学童野球が今日、2試合勝ったので、明日準決勝決勝がある。私も保護者会の副会長なので、どうしても行きたいが、明日消防の春の防火訓練と重なってしまった。困った挙句、消火栓のペンキ塗り用軽トラを2台出すから欠席を許して下さいと電話したら、「消防と野球、どっちが大切なんだ!」と言われてしまった。弱ったが「野球です」と答えてしまった。子供の大切な時期は一瞬で過ぎ去ってしまう。この一年だけは堪忍してもらうしかない。でも、今度の点検日は吊るし上げだろうなぁ、トホホホ。したがって優勝してもらうしかないのである。


2001年3月23日


 昨晩の塾長との会談では、思いを伝えた。譲ってもらえるところもあったが、譲れない事もあった。信念と強情、きわどいレベルの話である。ただ、サシでお話をいただけただけでも、有り難い事である。塾長には、「林君は、デリケート過ぎる『ガラスの浩陽』と呼ばせてもらうよ」と言われてしまった。口で言ってもダメだ、だまってやって実績を残せとも言われた。普段は傍若無人な私なのだが、裏返して見れば、実は小心者なのだ。最期に、「そこが林君の良いところでもあるんだがな」とフォローも頂いて帰って来た。
 昨晩遅く土砂降りだったが、今日は一転快晴。また、トラクター作業が進んだ。とにかく天気が良いうちにアドバンテージを取らなければならない。明日は、学童野球で5時半起きなので、早く寝よっと!


2001年3月22日


 天気が良いのはいいが、杉花粉が舞い散って霞みがかかっている。さすがにこの状態だと、目にゴミが入った感じがする。
 今晩、上甲塾長とお会いする。ほとんど、サシで今後の青年塾について話合うことになるが、あれもこれもと思い巡らすうちに、時間だけが過ぎた。青年塾は、組織も規則もない集まりが基本だが、今年で5期生が入り300人を軽く超える大所帯になると、事務局側としては、運営が難しい。アメーバ的な活動や集まりを繰り返すのが一番だと考えるが、「会費徴収」「会報発行」となると、いきなり壁にぶち当たる。つくづく、インターネットと言うのは、そんな団体向きだなと思う。自分で、ブラウザを立ち上げれば情報は入るし、運営費も広告バナーで稼げるし、なんの心配も要らない。今から8年前に同じ悩みから、ある会の活動を全面的にホームページ化した事があるが、もうずいぶん経つのに、まだ無理なのだろうか。悩みは尽きない。


2001年3月21日


 昨日は、長男の野球に行った。大量得点で勝っていたので、滅多に出ない長男も出場。完全に舞い上がっている様子で、なんと左バッターボックスに入ったのはビックリした。いつスイッチしたのかと親も驚いたが、やはり右に入り直した。実は、日曜日の試合に遅刻、置いていかれた。どうも最近やる気を無くしているような行動が多かったので、教育的指導をした。タイムリーに出れて、親としては有り難かった。でもうちのチームは40名近いメンバーで、しかも新6年は15人もいる。まだ出れない子も沢山いるのだ。そして、うちの子も、大方はベンチを暖める事になると思うが、逆に学ぶ事は多いと思っている。
 今日は、トラクターで荒起し作業開始。実は、この作業が一番落ちつくのだ。やはり商売人向きではないようだなあ。


2001年3月19日


 今日は、昨日の反動でグッタリしている。お店の藤井さんもいないので、留守番しながら作業計画を練った。知り合いのPTAのお母さんと娘さんから、卒業式での私の画像がお礼に送られてきたので載せる。なかなか、やるねー。
 今年の卒業式で、特徴的だった事が一つある。一人一人が、卒業証書授与の時、をこれからの抱負を語る。「プロ野球選手になりたい」「先生になりたい」「中学で友達を作りたい」etcとあるが、いつもはあって、今年なかった職業がある。それは「ゲームプログラマー」。4年間出席したが、こんなのは初めてだった。すでに、時代は移り変わっているのだろうか。ちなみに、今年は、農業をするという児童はいなかった。来年、うちの長男は、なんて言うのだろうか。



 


2001年3月18日


 朝7時に神戸に向かったが、11時半着予定が、到着が大幅に遅れ午後1時についた。京都で渋滞に巻き込まれたのだが、原因はなんと道路の白線を消す作業だった。この時期、予算消化の道路工事が多いが、それにしても日曜日の日中に、多くの車を止めてまでする必要があるのか!憤りを感じつつも、田んぼさんと久しぶりの再会は嬉しかった。お米を降ろし、「さあフランス料理でも食べに行きますか」と冗談で言ったら、本当に連れて行かれた。さすが神戸、日中開いている食べ物屋さんは、フランス料理しかないそうです。確かに須磨海水浴場のそばで、ホテルやお洒落なレストランばかりだ。そこで、汚い格好で入ってご馳走になった。帰りは、長田商店街の大丸デパートで、ケーキをお土産に、意気揚揚と引き上げて来た。また、行くからね田んぼやさん!ありがとう。


2001年3月17日


 完璧な段取りだった。ハウス張りを午前中終了、午後は雨でハウス内部、加工場、配達と分かれて作業した。もちろん、朝から椿まつりチームは、出動していた。明日は早朝から、私は神戸の田んぼやさんへ米運搬。専務と中村君は、村の「井堀り」つまり用水の泥上げ、そして椿まつりとなる。椿まつりでは、天候にも恵まれ、去年を上回る売上げがあったようだ。専務はアイテム数が増えるのを嫌うが、やはりイベントでは、強力な武器になる。


2001年3月16日


 「他人は変えられない、自分が変わるしかない」垂れ幕を作って、卒業式の挨拶をした。ただ、前でお辞儀しても、いつまで経っても卒業生が着席しない。あれ?と思って少し動揺してしまった。実は、皆さん手で着席を促していたようなのだ。私からの角度だと、大きな生け花でそれが見えなかったのだ。まあ、天気も快晴で素晴らしい卒業式だった。いつも楽しみにしているのが、子供達の合唱。ゾクゾクと来るほど感動するのだ。子供達の純粋な気のなせる技だろうな。
 11時半に帰宅、その頃にはすでに、ハウスが4棟ポリを張り終わっていた。最終的には、14棟中9棟終了した。明日は、天気が崩れるが、なんとか済ましたい。ちなみに、販売の方も野々市町椿まつりがあり、大忙しである。


2001年3月15日


 雨が降ったが、床土運搬、育苗準備、そして土日に行われる「野々市椿まつり」に出品用の商品を作った。このようなイベントと農作業が重なると、本当に身動きが取れなくなる。私も来客や電話が多く、すぐに一日が経ってしまった。
 玄米餅を揚げた「超がんこ揚げ」を今回出品する。重い商品なので、見た目が少なく見えるのが欠点。ただし、金も重いのと同じで、その分価値は高い。「見た目の量」「実際の量」「価格」のバランスは販売数にすごく影響する。昔、1升に変え「5合のとぼ餅」を作ったら売れたので、のしで同じ事をしたら、まったく売れなかった。とぼ餅は、四角で量があるように見えるが、のしだと平べったいので少なく見えたのだ。今は、「5合のし餅」スーパー向けに切り餅にして、バラ詰めにしている。すると量が多く見えて売れるのだ。しかし、通販だと、平べったい方が箱詰めし易い。おかげで議論が絶えないのだ。


2001年3月14日


 朝天気が良いので、ハウスを張ろうとしたら、ポリシートが変質してくっついて広がらない。結局、1棟だけ張って、新品が納入され次第、再度する事になった。しかも、風が強くなって来て、一度張った細かい部品ポリも外すはめに。やれやれ。
 明後日の卒業式の挨拶用の、垂れ幕作成に、学校に行ったら6年生に「林さん、面白い話してね。期待してるよ」と言われた。少し、プレッシャーがかかって来た。
この時期、究極に色々あって、頭がこんがらかっている。夕方から、北陸農業試験場から調査で、来られた方と会った。明日は、雨の予定なので、少し余裕があるかもしれない。


2001年3月13日


 朝、外を見ると雪!しかし、あぜ塗りに出動した。午前中は、横殴りの雪の中凍った土と雪ごと、掘り返したが、午後は天気も回復。気持ちの良い作業ではかどった。強行して良かった。
 お昼頃、石川県のバーチャルモール「お店ばたけ」のHPドクターの巡回があった。担当は、ふゆさん。まだまだ、ご飯の炊き方や食べ方のコンテンツが足りない、画像が食べる気になるものが少ない等々、さらには、我が社のHPは、仮面をかぶって見えると言われた。さらに見せて回った加工場や、倉庫、ライスセンター、納屋の休憩所を、表現出来れば素晴らしいHPになると言われた。やはり、デザイナー出身の私だと垢抜け過ぎるのだろうか。とりあえずデジカメ買って来よっと。


2001年3月12日


 青年塾の出発式から帰って来ました。いつもながら感動の式典でした。ただ、今回は考えさせられる事の多い出発式でした。青年塾の原点は組織化、規則化はしない、志高い青年達で運営されるものだ。ただ、人数が多いとそうも行かず、どうしても組織化への道を歩んでいるように見える。でも、自主的な行動で参加して欲しいし、逆に言えば参加しないとハッキリ言うのも正しい。だが色々最近ズレが生じている気がする。この事をを塾長に伝えるのは、難しいし、今まで逆らった事など無い。でも、話さねばならないと考えて手紙を書いたが、何度も破って捨てた。それでも、結局郵送した。どうなることやら。
 朝、雪が積もっていたが、あぜ塗りを強行。陰は土が凍っていた。しかし、天気は良かったので、ずいぶん仕事は進んだ。もう日程が限界なので、明日から多少無理をしても外仕事である。こちらも、どうなる事やら。


2001年3月9日


 昨晩は、志ネットワーク青年塾での発表の練習をした。「農業と志」と言う題で、『借金を無くそう』『農薬を使わない』の2点に絞って話すつもり。そうそうたる面々の前での発表、声が震えなければいいが。農薬は、10年前に使っていた農薬分の袋を用意した。そして現在実際に使用している除草剤も持っていく。口でだめな部分は、現物だ。
 昨晩から、かなり雪が積もった。この時期にしては珍しい。春が来るのか不安になる。今日、夕方のJRで小田原まで行くが、前回、大阪行った時も大雪だったからなあ。ちなみに、私は志ネットワークでは、嵐を呼ぶ男で有名である。それでは!行って来ます。


2001年3月8日


 朝、起きたら雪。一体、いつになったら春が来るのやら。でも、午前中、種を水に浸けて芽だし準備開始。去年から、HB101という天然系素材を使い、化学合成殺菌剤を使用せず消毒をしている。ヒノキの香りのする爽やかな液体である。かつての農薬は、いかにもヤバイ臭いのする薬で、しかも高価。使い終わった後、用水に流すのでこれも嫌だった。HB101も高価だが、他の薬を使うストレスが無くなるだけで十分元は取れている。
 午後、食糧事務所へ、平成18年からの民間検査、検査申し込み、JAS法の説明を聞きに行った。しかし、表示関係は、どうも現場とズレがあるようである。どうなるのか不安。あのままだと、どれにも当てはまらない、我が社の米は、林さんちの○○○○○米と、まったく表示できなくなっちゃう。
明日は、いよいよ青年塾の出発式。富士山のふもと、芦ノ湖まで出かける。準備がまだで、明日は大急ぎで出発になりそう。


2001年3月7日


 結局、青年塾の昨日書いた原稿は、塾長より却下。もう一度書き直した。全国で、260人も塾生がいるとなると、リーダーシップを取るのは、心底大変。今度は、これを皆さんに、話すのがさらに難しい。今から、オーラを高めていかねば。


2001年3月6日


 朝、塾長より青年塾OB会の件で電話をいただいた。今度の出発式で、概要だけでも発表して欲しい旨のお話だった。実は、会費の件でまだ結論が出ず、事務局としては動きが取れないでいたのだが、リ−ダーシップを発揮しなければならないボーダーラインまで来たようだ。つくづく、リーダーとは難しいと感じる。ゴリ押しは簡単だが、かと言って全部の意見を聞いていては、いつまで経っても決らない。
 現場は、カキモチの仕分けが最終段階、明日から袋詰めを開始出来そうだ。外仕事は、種子袋詰めとあぜ塗り。私は結局、雑務で事務所に貼りついたままであった。しかも明日、田んぼ屋さんの所へ米を運ぶ予定が雪で延期になった。一向に仕事らしい格好にならない日々を送っている。今晩は、PTA年度末実行委員会がある。PTA会長として、会員の前で公で話すのも、これが最期である。感慨深いなぁ。さあ、いよいよネクストステージへ突入だ。


2001年3月5日


日曜日は、午前中は消防団で点検作業をしたあと、あんまり天気が悪いので、研修生を金沢案内するのに、午後帰って来た。暴風雨の中、土地勘の無い彼女を放り出すわけにはいかない。三浦さんのリクエストで、野々市町の古い造り酒屋「喜多家」や、金沢歴史博物館に行った。しかし、長町や兼六園は行けなかった。今度の日曜日が好天である事を祈りたい。
 今日も、天気が悪くしかも寒い。カキモチの仕分け作業と種もみの準備をしているが、私は何やら雑用で、時間が過ぎたという感じ。ただ、落雷でサーバーが現在復旧中である。今を去る事、5年前、自宅に雷が落ちてモデム(当時はパソコン通信)から侵入されて、パソコンが焦げた事があった。メーカー(エプソン)に持ち込み、80%取り出す事に成功。事無きを得た経験があります。家中の家電がその後、ジワジワと壊れて行きました。電源部にダメージがあると少しづつ壊れるのです。おー怖わ、、、。
この辺は、白山がかつて噴火した時、マンガン?を多く含む堆積物を降らせたため、電通の良いところで、雷の通り道になっています。したがって、遠くでも落ちると誘電現象が起きて、電気が走りトラブルを起します。 通ったところの電気関係は、すべて影響を受けます。しかし、この電気が、プラズマとなって地下水等に影響を与えクラスター化(細かくなる)して美味しい体にいい水になるのです。だから、山の涌き水はいいんですよ。霊水と呼ばれるたぐいはまさにそうですね。長い、うんちくでした。


2001年3月3日


 天気が良かったので、あぜ塗りに出動。インターンシップ研修生の三浦さんを指導しながらの作業だが、なんとスコップを持ったのが小学校以来の彼女には、かなりハードな仕事だったらしい。したがって私にとってもハードな作業なので、腰が痛くならないようにやらねば。
 午後は、この時期に初老!のもちつきをした。初老モードに加工場がなっていないので、始めるのが大変だった。後は、もちの袋詰め等をしているうちに一日が終わってしまった。今、3月分のメールマガジンを作成中だけど、一体どこまで書けばよいのやらで、まだ完成していない。日記、宅配時の田んぼ便り、HPのトピックページと、結構かぶるところが多い。メールマガジンを読む人ってどんな情報が欲しいんだろうなぁ


2001年3月2日


 インターンシップで昨日から研修生が来て、一つ屋根で生活するようになった。おかしいのは、一番緊張しているのは、我が家の子供達である。そのうち慣れるだろう。
 昨日、降ろしたカキモチを、仕分けしたり、お餅を切ったりついたりと、今日は加工場も何かと忙しい。私も、3月に入り新しいメールマガジンと田んぼ便り作成と、余念がない。稲の種子も、農協から取ってきたので、次ぎは種子の準備に入る。この1週間はジェットコースタームービーのような生活だ。今から町連合PTA拡大理事会と懇親会に出かける。風邪?そんなもの忘れてしまった。


2001年3月1日


 風邪をひいてしまった。昨晩の大事なPTA役員会も、初めて休んでしまった。一時良くなったのに、ぶり返してしつこいので、今日病院に行って薬をもらって来た。明日は、町連合PTA拡大実行委員会の議長をしなくてはならないので、絶対に治さないとまずい。
 今日、干したカキモチを降ろした。これから、仕分けして詰め合わせをする。私は、今からインターンシップで来る女子学生を金沢駅まで迎えに行く。うまく、馴染んでくれればいいなあ。


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